ステーキソース・A1・ドゥミグラス|肉のソースの起源と製法

ステーキソース・A1・ドゥミグラス|肉のソースの起源と製法

ステーキソースは、英国で発達した茶色いテーブルソース(ブラウンソース)の系譜に属する調味料である。代表的な「A.1.ソース」は、英国産業史アーカイブに残る記録では、国王ジョージ4世の王室料理人だったH・W・ブランドが1820年代に滋養飲料の開発から始めた事業(ブランド社)の製品系列に、のちに現れたものとして記録されている[3]。一方、フランス料理のドゥミグラス(demi-glace)は、褐色のフォン(フォン・ブリュン、fond brun)とルーから作るエスパニョールソースを煮詰めた古典ソースであり、英国のブラウンソースとは製法も用途も異なる[1]。日本では明治期以降に両者が「洋食ソース」として受容され、戦後には缶詰のデミグラスソースが普及した結果、本来は別系統の二つが混同されやすくなった[6][9]。英仏それぞれの茶色ソースの起源・製法・日本への影響を、原典と一次資料をもとに整理する。

目次

ステーキソースの系譜——英国のブラウンソース文化

英国では、肉料理に添える茶色の調味ソースが早くから発達した。フランス料理のようにフォン(出汁)を長時間煮詰める手法ではなく、酢・香辛料・果実を組み合わせて手早く仕上げ、食卓で好みにかけて使う「テーブルソース」として広まったのが特徴である。

ロンドンを中心に商業的なソース製造が本格化するなかで、この流れの一角にいたのがブランド社(Brand & Co.)である[3]。同社の来歴を伝える英国産業史アーカイブによれば、1820年代、国王ジョージ4世の健康が衰えたことをきっかけに、王室料理人であったH・W・ブランド氏が「エッセンス・オブ・チキン」という滋養飲料の開発に着手し、1835年に王室の厨房を退いてから、病人・回復期の患者向けの食品としてこれを商業販売するようになった[3]。ここで押さえておきたいのは、同アーカイブが1820年代の出発点として記しているのはソースではなく滋養飲料であり、「A.1. Sauce」の名が同アーカイブに現れるのは1929年の英国産業見本市の広告(「A.1. Sauce, Essence of Beef, Essence of Chicken…」を製造する食品メーカーとしての記載)だという点である[3]。A.1.ソースが同社の製品系列のどの時点で生まれたかを、この資料は特定していない。なお1873年には、ブランド夫人が事業をJ・J・メイソンに譲り、トーマス・デンスがこれに加わっている[3]

「A.1.」という名称については、国王がこのソースを口にして「A.1.(一級品)だ」と評したという逸話が広く語られるが、これは裏付けの取れない伝承であり、一次資料で確認できるものではない。確実に言えるのは、この「A1」という表現自体が英国の海運に由来する点である。ロイズ船級協会(Lloyd’s Register)の記録を管理するロイズ・レジスター財団の解説によれば、1764年の最初の船級登録簿は船体の状態をA・E・I・O・Uの母音で、艤装の状態を1・2・3の数字で格付けしており、「1775/76年版は最上級の船体クラス『A』と船の艤装『1』を組み合わせた符号A1を用いた」とされる[2]。同解説は、船が「オーバーエイジ」になってA1級を失うと徹底修理でも取り戻せなかったため、A1級を得るためだけの新造が相次いだとも記している[2]。ただし「A1」がそこから英語の日常語として広まった経緯や、ソースの名称との関係については、この資料は述べていない。ソース名との結び付けは本稿の推測にとどまる。

A.1.ソースの組成と製法

現在、北米市場のA.1.ソースはクラフトハインツ社が製造・販売している。同社の製品ページに掲載された「A.1. Original Steak Sauce」の原材料表示は、トマトピューレ(水、トマトペースト)、酢、コーンシロップ、食塩、レーズンペースト、クラッシュオレンジピューレ、香辛料(セロリを含む)、乾燥ガーリック、カラメル色素、乾燥オニオン、キサンタンガムという構成である[4]

ここから読み取れる製法上の特徴は明快で、フォン(肉の出汁)をいっさい使わないという点にある。旨味と厚みを、トマトの酸味とグルタミン酸、レーズンとコーンシロップの糖分、酢の酸、そして香辛料の組み合わせだけで組み立てている。とろみも肉由来のゼラチンではなく、果実・野菜のペーストと増粘剤(キサンタンガム)によって与えられている。後述するフランスのドゥミグラスとは、味の設計思想が根本的に異なる。

なお、A.1.ソースの組成としてタマリンドや糖蜜、クローブ・シナモンといった具体的な香辛料名が挙げられることがあるが、これらは公式の原材料表示には現れない(表示上は「香辛料」と一括りにされている)ため、本記事では踏み込まない。

ウスターソースとの関係

英国の茶色いテーブルソース文化を語るうえで外せないのが「ウスターソース」である。製造元リー&ペリンズの公式な社史によれば、同ソースは1837年、ウスターの薬剤師ジョン・ホイーリー・リーとウィリアム・ヘンリー・ペリンズが新しい調味料を調合したことに始まる[5]。「18か月後に、それが美味なソースに熟成していたことを見いだし、あまりに美味だったので売り出すことに決めた」というのが公式に語られる誕生譚である[5](調合直後は口に合わなかった、という広く流布した尾ひれは同社の社史には見当たらないため、本稿では伝承として扱わない)。同社は1904年に英国王室御用達(Royal Warrant)を受け、1897年に開設したウスターの工場で現在も製造を続けている[5]

A.1.型のソースが煮詰め・調合型、ウスターソースが長期熟成型という違いはあるものの、どちらも「食卓に置いて肉や魚にかける英国式の茶色いソース」という共通の文脈に属している。

日本では明治期にウスターソースが移入され、国産化の過程で「中濃ソース」「とんかつソース」など、より粘度と甘味の高い独自の派生品が生まれた。一方でA.1.ソースは国内での大量生産には至らず、輸入食材店で扱われる「洋風ステーキソース」の位置にとどまっている。

ドゥミグラス/デミグラス——フォンから作る仏の茶色ソース

フランス料理におけるドゥミグラスは、エスパニョールソース(sauce espagnole)から導かれる。オーギュスト・エスコフィエの『ル・ギド・キュリネール(Le Guide Culinaire)』では、基幹となるソース(grandes sauces de base)としてエスパニョール、ヴルーテ、ベシャメル、トマトが挙げられている[1]

ここで一点、断っておきたいことがある。日本では「フランス料理には五大母ソースがある」という説明が広く流通しているが、基幹ソースの数と顔ぶれは論者によって異なる。エスコフィエの原典が挙げるのは上記の四つであり、オランデーズを加えて「五大」とする整理は後世(とくに英語圏の料理教育)でなされたものである。カレームの分類とも内容は一致しない。したがって本記事では「五大母ソース」という枠組みを断定的には用いず、原典に記された基幹ソースとしてエスパニョールを扱う。

『ル・ギド・キュリネール』におけるエスパニョールの製法は、おおむね次のとおりである。まずルー(roux)を用意し、褐色のフォン(fond brun)と合わせて撹拌しながら沸かす。そこへ豚脂・人参・玉ねぎ・タイム・ローリエで作ったミルポワを加え、丁寧にアクを引きながら弱火で数時間煮る。これを漉したうえでさらにフォンを足し、再び同程度の時間をかけて煮ながらアクを取り続ける[1]。仕上がりまでに二段階の長時間の煮込みとアク引きを要する点が、このソースの本質である。

そしてドゥミグラスは、エスコフィエの言葉を借りれば、このエスパニョールが完成の極限にまで達した状態を指す。最終的な漉しとアク引きを経たのち、火から下ろしてマデイラ酒で仕上げる[1]。「demi(半分)まで煮詰めるからドゥミグラス」という語呂合わせ的な説明も見かけるが、原典の記述はむしろ「エスパニョールの精製の到達点」という位置づけである。

フォンの製法と時間

ドゥミグラスの品質を決めるのは、ベースとなる褐色のフォンの濃度である。骨(とくに関節部分のゼラチン質が豊富な部位)と香味野菜をオーブンで焼き色がつくまで焼き、大鍋で水から長時間、弱火で煮出す。この間、浮いてくるアクと脂を丁寧に取り除き、澄んだ褐色の出汁を得る。エスコフィエの体系が繰り返し強調するのも、この「煮込み時間」と「アク引き(dépouillement)」の徹底である[1]

この工程には二日がかりの作業を要することが多く、レストランの厨房ではまとめて仕込むのが一般的である。家庭で再現する場合、仔牛の骨を入手しにくいため、牛すね肉と鶏ガラを組み合わせてフォンを取る簡易版が用いられることが多い。

英国ブラウンソースとの違い

次の表は、英国式ステーキソース(A.1.型)とフランス式ドゥミグラスの主要な違いをまとめたものである。

項目英国式ステーキソース(A.1.型)フランス式ドゥミグラス
ベーストマト・レーズン・酢[4]骨から取った褐色のフォン[1]
旨味の出どころ野菜・果実・香辛料肉と骨の抽出・長時間の煮込み
主な酸味源酢・トマトワイン・トマト
とろみ果実ペースト・増粘剤[4]ルー(小麦粉)とゼラチン[1]
手間の中心調合と煮詰めフォン取りとアク引き(数時間×複数回)[1]
用途テーブルソース(かけて使う)仕上げソース(料理に組み込む)

この表が示すように、両者は「茶色いソース」という外見こそ共通するものの、製法も味の構造も異なる独立した系統である。

日本の洋食ソースへの影響

明治期の日本では、西洋料理の移入とともに英仏両方のソースが「洋食」の要素として受容された。1872年(明治5年)に刊行された仮名垣魯文編・河鍋暁斎画『西洋料理通』は、日本最初期の西洋料理書のひとつであり、早稲田大学図書館の古典籍総合データベースで全文画像が公開されている[9]。この時期の翻訳料理書を通じて、肉料理に合わせるソースという概念そのものが日本語の料理書に持ち込まれていった。

缶詰デミグラスソースの普及

「日本の家庭にデミグラスソースが広まったのは戦前」というイメージが語られることがあるが、実際にはかなり新しい。ハインツ日本の発表によれば、同社の缶詰の業務用デミグラスソースが開発・製品化されたのは1970年であり、当時これは米国本社でも着手していなかった取り組みであった[6]。同社はこの経緯から「日本のデミグラスソース普及のパイオニア」を名乗っている[6]。すなわち、缶詰デミグラスソースの一般化は高度経済成長期以降の現象である。

これらの缶詰製品は、本来のドゥミグラスを工業的に再現したものである。ハインツの「デミグラスソース」の原材料名表示は、小麦粉、ラード、トマトペースト、牛肉、赤ワイン、砂糖、ビーフ風味エキスなどとなっている[7]。小麦粉とラードが先頭に来ていることからわかるとおり、ブラウンルーを工業的に作り込むことが製品の骨格になっており、これは古典的なエスパニョールの構造をきちんと踏まえた設計といえる。

この缶詰デミグラスソースは、家庭の洋食(ハンバーグ・オムライス・ビーフシチュー)に広く使われ、「デミグラス=缶詰の茶色いソース」というイメージを定着させた。一方で、レストランの厨房では依然としてフォンから仕込む古典的なドゥミグラスが用いられており、両者の味の差は大きい。

国産ステーキソースと洋食ソース

国内メーカーも、肉料理に合わせる洋風ソースを独自に展開してきた。たとえばウスターソース系メーカーの家庭用ラインアップには、ソース類とともに「かけるデミグラスソース」のような、そのままかけて使う洋食用ソースが並んでいる[8]。これらは英仏の原型をそのまま輸入したものではなく、日本のウスターソース文化と洋食文化の上に成立した製品群である。

「ステーキソース」という名称の製品は、家庭用よりもむしろ業務用の分野に厚く、醤油をベースにおろし大根やおろし玉ねぎ・ガーリックを合わせた和風タイプが主流である。英国のA.1.型が酢と果実で構成されるのに対し、国産のステーキソースは醤油の旨味と糖分を軸に組み立てられている点が、味の設計上の最大の違いといえる。

使い方——既製と手作りの違い

既製のステーキソースとデミグラスソースは、それぞれ異なる使い方を前提に設計されている。以下に、主な用途と注意点をまとめる。

既製ステーキソースの使い方

項目内容
テーブルソースとして焼いたステーキ・ハンバーグに直接かけて使う。加熱せずそのまま使えるのが利点である。
下味・漬け込み肉を焼く前に漬け込むと、酢と香辛料が下味として働く。
炒め物の調味料野菜炒めなどの仕上げに少量加えると、コクと酸味が加わる。

いずれも、糖分を含むため直火で長く加熱すると焦げやすい点に注意したい。開封後の保存期間は製品によって異なるため、必ず容器の表示に従うこと。

缶詰デミグラスソースの使い方

項目内容
ハンバーグ・オムライスのソース缶詰をそのまま温めて使うか、赤ワイン・バター・生クリームを加えてコクを補う。
ビーフシチュー・ハヤシライス缶詰デミグラスに牛肉・玉ねぎ・人参を加えて煮込む。
リメイク余った缶詰デミグラスは、ケチャップやウスターソースと混ぜて洋食用ソースに転用できる。

缶詰は開封すると保存性が落ちるため、使い切れない分は小分けにして冷凍するとよい。保存の目安は製品表示を確認すること。

手作りドゥミグラスの考え方

家庭で本格的なドゥミグラスに近づけたい場合、エスコフィエの体系が示す要点は次の三つに集約される[1]

1. 褐色のフォンを取る: 骨と香味野菜をオーブンでしっかり焼き色がつくまで焼き、水から弱火で長時間煮出す。焼き色が、そのままソースの色と香ばしさになる。

2. ルーと合わせ、時間をかけてアクを引く: 小麦粉とバター(または油脂)でルーを作り、フォンでのばして煮る。ここで浮いてくるアクと脂をこまめに取り除く作業(dépouillement)を惜しまないことが、雑味のない仕上がりを決める。漉してフォンを足し、もう一段階煮る。

3. 仕上げは火を止めてから: 十分に煮詰まった段階で火から下ろし、マデイラ酒などで香りをつける。

この考え方で作ったソースは、缶詰製品と比べてゼラチン質のとろみと深い旨味が際立つ。ただし仔牛の骨を使わない簡易版ではゼラチンが不足して粘度が上がりにくいため、その場合はゼラチンで補う方法もある。

結論

ステーキソースとドゥミグラスは、どちらも「肉料理の茶色いソース」として一括りにされやすいが、実際には英国の酢・果実ベースのテーブルソースと、フランスのフォンベース・長時間煮込み型の仕上げソースという、起源も製法も異なる二つの系統である。前者は野菜と果実と香辛料だけで味を組み立て[4]、後者は骨と時間から旨味を引き出す[1]

日本ではこの二つが「洋食ソース」としてまとめて受容され、さらに缶詰デミグラスソースが1970年代以降に一般化したこと[6]で、「デミグラス=缶詰の茶色いソース」という独自の理解が定着した。

輸入食材店でA.1.ソースを手に取ったとき、その瓶の中身が英国のテーブルソース文化に連なるもので、フランス料理のドゥミグラスとは別の文脈にあることを知っておくと、使い方の選択肢が広がる。缶詰デミグラスを使い切りたい場合は、赤ワインとバターを足して古典ドゥミグラスに近づけるか、ケチャップと混ぜて洋食ソースに転用するかを、料理の目的に応じて選べばよい。手作りに挑戦するなら、まずは焼き色をしっかりつけたフォンを取り、アクを丁寧に引くという基本を一度体験してみることが、英仏それぞれのソース文化を理解する具体的な第一歩になる。

参考文献

  1. Auguste Escoffier『Le Guide Culinaire』(1907年版・全文/Internet Archive)
    https://archive.org/details/leguideculinaire00esco_0
  2. Lloyd’s Register Foundation Heritage & Education Centre「Researching the earliest Register of Ships」
    https://heritage.lrfoundation.org.uk/researching-the-earliest-register-of-ships
  3. Grace’s Guide to British Industrial History「Brand and Co」
    https://www.gracesguide.co.uk/Brand_and_Co
  4. Kraft Heinz「A.1. Original Steak Sauce」製品ページ(原材料表示・栄養成分)
    https://www.kraftheinz.com/a1/products/00054400000054-original-steak-sauce
  5. Lea & Perrins (Kraft Heinz UK)「Our Story」
    https://www.kraftheinz.com/en-GB/lea-and-perrins/our-story
  6. ハインツ日本株式会社 プレスリリース(業務用デミグラスソースの開発経緯)
    https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000000595.html
  7. ハインツ「デミグラスソース」商品情報(原材料名表示)
    https://www.heinz.com/ja-JP/商品/4902521220119-デミグラスソース
  8. ブルドックソース株式会社 家庭用商品一覧
    https://www.bulldog.co.jp/products/home/
  9. 早稲田大学図書館 古典籍総合データベース『西洋料理通 巻上』(仮名垣魯文 編・1872年)
    https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/bunko11/bunko11_a1926/index.html

この記事を書いた人

世界の調味料を、現地の一次資料から読み解く編集部です。数字と固有名詞は本国の公的機関や規格で裏を取り、家庭で「あの国の味」を再現したい人に役立つ形にまとめます。

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