ケチャップとウスターソースの違いは、基材がトマトに固定されているか、野菜・果実一般に開かれているかにある。日本農林規格はトマトケチャップを濃縮トマトが原料と定め[1]、ウスターソース類は野菜若しくは果実の搾汁・ピューレーを基材とする液体調味料と定める[3]。酢・糖・香辛料といった添加側の構成はよく似ているのに、基材の縛り方が名称そのものを分けている。
- 日本のJASでは、ケチャップの原料は濃縮トマトで、ウスターソース類は野菜や果実の搾汁・ピューレーが基材である。
- ウスターソース類は粘度の低い順にウスター・中濃・濃厚の3区分で、茶色か茶黒色の液体と規定される。
- ケチャップの代わりにウスターソース類を使うとトマトの甘酸っぱさが薄れ、逆では香辛料の輪郭がぼやけやすい。
この記事は「世界のテーブルソース図鑑|卓上の1本を体系で読む」の各論です。
結論:基材がトマトに固定されているか、野菜・果実一般に開かれているか
トマトケチャップは濃縮トマトが起点
日本農林規格(JAS)のトマト加工品規格では、トマトケチャップは「濃縮トマトに食塩,香辛料,食酢,砂糖類及びたまねぎ又はにんにくを加えて調味したもの」と定義される[1]。米国の連邦規則21 CFR 155.194でも、catsup(ketchup)は列挙された任意のトマト原料(optional tomato ingredients)から作る食品とされ、その原料の一つとして§155.191(a)(1)で定義されるトマト濃縮物(tomato concentrate)が挙げられている[2]。日米いずれの規格でも、出発点はトマト由来の原料であり、他の野菜を主原料に置き換えることは想定されていない。
ウスターソース類は野菜・果実全般が起点
一方、JASのウスターソース類の規格は「野菜若しくは果実の搾汁,煮出汁,ピューレー又はこれらを濃縮したものに砂糖類,食酢,食塩及び香辛料を加えて調製したもの」を定義の核に置く[3]。ここには「トマト」という指定はなく、「野菜若しくは果実」という広い括りが使われている。つまりウスターソース類は、原料となる野菜・果実の種類そのものを規格が指定しない構造になっている。
名称の分岐点は基材の縛り方
両者を並べると、添加物の系列(食塩・香辛料・食酢・砂糖類)はほぼ共通していることが分かる。違いを生んでいるのは、原料を「濃縮トマト」という単一の対象に固定するか、「野菜若しくは果実」という広い集合に開くかという一点である。規格文を読み比べると、ケチャップは単一素材のブランドに近い名称であり、ウスターソース類はむしろ調味の型(酢・糖・香辛料で仕立てる液体調味料の作法)を指す名称として読める。
規格で見るトマトケチャップ
JASにおけるトマトケチャップの定義
JASのトマト加工品規格では、トマトケチャップは濃縮トマトに食塩、香辛料、食酢、砂糖類及びたまねぎ又はにんにくを加えて調味したものを基本形とし、これに酸味料(かんきつ類の果汁を含む)、調味料(アミノ酸等)、糊料等をさらに加えたものも含むと定めている[1]。ただし、たまねぎ及びにんにく以外の農畜水産物並びに着色料は、この追加分から除かれる旨も規定されている[1]。同じ規格文の中には、可溶性固形分の基準を用いてトマトペースト・トマトケチャップ・トマトソースを区分する構成も見られるが、具体的な基準値そのものは本記事の照合対象からは判読できないため、数値としては扱わない。
米国21 CFR 155.194におけるCatsup/Ketchupの定義
米国の連邦規則21 CFR 155.194は、catsup, ketchup, or catchupを、条文に列挙された任意のトマト原料(optional tomato ingredients)の一つ、または二つ以上の組み合わせから作られる食品と定義し、その原料の一つとして§155.191(a)(1)で定義されるtomato concentrateを挙げている[2]。この条文はさらに、そのtomato concentrateについて、レモン果汁・濃縮レモン果汁または安全で適切な有機酸を、pH調整に必要な範囲を超えない量で使用してよいとも定めている[2]。呼称についても規定があり、食品の名称は「Catsup」「Ketchup」「Catchup」のいずれかを用いるとされている[5]。
数値基準の詳細は規格ごとの専用解説に委ねる
可溶性固形分の詳しい基準値や各国比較を知りたい場合は、トマトケチャップの規格そのものを単独で掘り下げた記事で確認するのが確実である。ここでは、定義の文言レベルで両規格を比べる範囲にとどめる。
規格で見るウスターソース類
JASにおけるウスターソース類の定義
JASのウスターソース類規格は、これを「茶色又は茶黒色をした液体調味料」で、「野菜若しくは果実の搾汁,煮出汁,ピューレー又はこれらを濃縮したものに砂糖類,食酢,食塩及び香辛料を加えて調製したもの」、あるいはこれに「でん粉,調味料等を加えて調製したもの」と定義している[3]。色調(茶色または茶黒色)と液体であることが規格上の識別要素になっている点は、トマトケチャップの規格には見られない特徴である。
粘度による3区分
同規格は、ウスターソース類のうち粘度が最も低い区分を「ウスターソース」、中間の区分を「中濃ソース」、最も高い区分を「濃厚ソース」と呼び分けている[3]。ラベルで「ウスターソース」「中濃ソース」「濃厚ソース」という名称を見たときは、この3区分を思い出すとよい。ただし、各区分を分ける具体的な粘度の数値は、本記事では扱わず、区分の存在と順序のみを示す。
米国規格に対応する記述は今回の資料に含まれない
今回参照した一次資料には、ウスターソースに関する米国連邦規則の該当条文が含まれていない。したがって、日本のような粘度による三区分が米国の規格にも存在するかどうかは、本記事の範囲では確認できない。粘度分類は、現時点で確認できる限り日本農林規格に特有の整理であると扱っておく。
添加側は重なる:酢・糖・香辛料・玉ねぎ/にんにく
JASトマトケチャップの添加物構成
JASの定義文を分解すると、トマトケチャップに加えられるものは次の系列にまとめられる[1]。
- 食塩
- 香辛料
- 食酢
- 砂糖類
- たまねぎ又はにんにく
21 CFR 155.194(a)(2)のoptional ingredients
米国の連邦規則も、tomato ingredientsに加えるoptional ingredientsを次の3カテゴリーに整理している[5]。
- Vinegars(食酢類)
- Nutritive carbohydrate sweeteners(糖類の甘味料。part 168で定義される場合はその定義に従う)
- Spices, flavoring, onions, or garlic(香辛料・フレーバー・たまねぎ・にんにく)
食塩の扱いの差
両者を照らすと、香辛料・食酢・砂糖類(甘味料)・たまねぎ又はにんにくという4系列は、日米でほぼ対応している。差が出るのは食塩である。JASの定義には食塩が明記されているのに対し[1]、21 CFR 155.194(a)(2)が列挙するoptional ingredientsのカテゴリーには食塩が含まれていない[5]。この条文の列挙だけを見る限り、米国のcatsup/ketchupの規格上の分類には、食塩が独立した任意成分として名指しされていないということになる。
ウスターソースの成り立ち:発酵の由来伝承
偶然の発酵という伝承
ウスターソースの起源については、英国ウスター市とウスターシャー州の博物館連携組織(Worcester City & Worcestershire County Joint Museums Service)が伝える逸話がある。それによると、あるとき仕込んだソースの味がひどく不快で、樽は貯蔵庫に置かれたまま忘れられていた。時間が経って再び試したところ、発酵が進んで美味しくなっていたことが分かったという[4]。
Lea & Perrins社の成功譚
この逸話を伝える資料は、Lea & Perrins社がこのソースを大量生産するようになり、需要を作るために無料サンプルを配布したこと、そしてそれが大きな成功を収め、最終的には薬剤師業を追い越してソース専業の製造業者になっていったことを記している[4]。手狭になった建物を出て事業を拡張していく経緯も同資料に記されている[4]。
伝承であることの留保
この由来話は博物館側が伝承として紹介しているものであり、学術的な実証研究の結論とは性質が異なる。年代や人物名を伴う詳細な創業史は今回の一次資料からは裏付けが取れないため、発酵の逸話と会社としての成功の輪郭だけを扱う。なお、トマトケチャップの成立史については、本記事で参照できる一次資料の範囲に含まれていないため取り上げない。
比較表と料理での使い分け
定義から見る二つのソースの比較表
規格の定義文だけを根拠に、二つの調味料を整理すると次のようになる。
| 観点 | トマトケチャップ(JAS) | ウスターソース類(JAS) |
|---|---|---|
| 基材 | 濃縮トマト[1] | 野菜若しくは果実の搾汁・煮出汁・ピューレー又はこれらの濃縮物[3] |
| 必須の添加系列 | 食塩、香辛料、食酢、砂糖類、たまねぎ又はにんにく[1] | 砂糖類、食酢、食塩及び香辛料[3] |
| 外観・状態の規定 | 規格文に色調の規定は確認できない | 茶色又は茶黒色の液体調味料[3] |
| 分類の軸 | 可溶性固形分による段階(数値は扱わない)[1] | 粘度によるウスターソース/中濃ソース/濃厚ソースの3区分(数値は扱わない)[3] |
料理での使い分け
定義の違いをそのまま調理の場面に当てはめると、トマトケチャップは基材がトマトに固定されている分、トマトの酸味と甘みを前提にした料理(ケチャップライス、トマト系の煮込みの下味など)に使いやすいと一般に理解できる。ウスターソース類は基材が野菜・果実一般に開かれているため、肉料理の下味やソース全般の香味付けなど、幅広い料理に合わせやすい。両者の規格文を読み比べると、ケチャップは「何から作るか」を、ウスターソース類は「どう仕立てるか」を規格が主に定めている、と整理できる。
代用に関する注意点
代用を考える際は、添加側(酢・糖・香辛料・玉ねぎ又はにんにく)が重なっている点を足がかりにできる一方、基材の違いが最終的な味の輪郭を決めることに注意が必要である。ケチャップの代わりにウスターソース類を使うと、トマトの甘酸っぱさが後退し、野菜・果実由来の複雑な酸味と塩味が前に出やすい。逆にウスターソース類の代わりにケチャップを使うと、トマトの甘みが強く出て、ウスターソース類が持つ香辛料の輪郭がぼやけやすい。いずれの場合も、規格上どちらも「野菜・果実+酢+糖+香辛料」という骨格を共有しているために、完全な別物というよりは近縁の調味料として扱うのが実情に近い。
関連記事
参考文献
- 農林水産省「日本農林規格 トマト加工品」
https://www.maff.go.jp/j/jas/jas_standard/attach/pdf/index-476.pdf - eCFR(米国連邦規則集)21 CFR 155.194 Catsup
https://www.ecfr.gov/current/title-21/chapter-I/subchapter-B/part-155/subpart-B/section-155.194 - 農林水産省「日本農林規格 ウスターソース類」
https://www.maff.go.jp/j/jas/jas_standard/attach/pdf/index-441.pdf - Worcester City & Worcestershire County Joint Museums Service(Research Worcestershire)「The Original and Genuine – A brief history of Worcestershire Sauce」
https://researchworcestershire.wordpress.com/2021/06/11/the-original-and-genuine-a-brief-history-of-worcestershire-sauce/ - eCFR(米国連邦規則集)21 CFR 155.194 Catsup — (a)(2) optional ingredients
https://www.ecfr.gov/current/title-21/chapter-I/subchapter-B/part-155/subpart-B/section-155.194
