しょっつるとナンプラーの違い|日本の魚醤と東南アジアの魚醤

shottsuru-vs-nam-pla

しょっつるとナンプラーの違いは、規格の有無に集約される。ナンプラーは2000年のタイ保健省告示No.203が全窒素1L当たり9g以上などの数値要件を課す規格品だが[3]、しょっつるは主にハタハタを1年以上塩漬けして造る秋田の郷土調味料で、国の数値規格は確認できない[2]。どちらも魚醤と呼ばれる調味料だが、管理のされ方も、伝わってきた歴史の背景もまったく異なる。

この記事の結論
  • ナンプラーはタイの2000年の告示が品質を数値で定めた魚醤で、しょっつるは主にハタハタを塩漬けして造る秋田の魚醤である。
  • ナンプラーの2000年の告示は全窒素(魚のたんぱく質由来の窒素の総量)を1L当たり9g以上としたが、現行の値とは限らない。
  • しょっつるは主にハタハタを1年以上塩漬けして造り、地区によって麹の有無や原料の魚が異なっていた。
目次

定義のされ方の違い

ナンプラーは告示が数値要件を課す規格品

タイ保健省は2000年(タイ仏暦2543年)に告示No.203を公示し、魚醤(ナンプラー)の品質要件を数値で定めた[3]。2000年の告示では、塩の総量は200g以上、全窒素は1L当たり9g以上、アミノ酸態窒素は全窒素の40%以上60%以下、グルタミン酸は全窒素に対して0.4以上0.6以下の比率、着色料は一部の例外を除いて添加しないことが定められている[3]。この告示はその後No.323・No.403として改正されており、現行の数値要件がどのように変わっているかは、本記事の調査範囲では確認できていない。以下で示す数値要件は、あくまで2000年時点の告示に基づく値として読む必要がある。

しょっつるは郷土料理の記録として定義される

しょっつるについては、農林水産省の「うちの郷土料理」がしょっつる鍋の項で製法を紹介している[2]。同頁は、魚を塩漬けにして1年以上、魚が溶けるまで寝かせたものをこし、うま味成分(グルタミン酸やイノシン酸などに由来する味覚)を取り出したものを「しょっつる」と呼び、主にハタハタを用いると説明する[2]。秋田県総合食品研究センターの報告は、男鹿地域の地区ごとの製法の違いを詳しく記録している[1]。国が塩分や窒素量を数値で定めた規格は、本記事の調査範囲では見当たらない。ナンプラーが国の告示で管理される一方、しょっつるは地域の記録として語り継がれてきた調味料だと言える。

しょっつるにタイの告示のような数値規格が本記事の調査範囲で見当たらない点は、郷土料理として語り継がれてきた調味料と、国の告示で品質要件が定められた調味料との違いとして整理できる。

原料と製法

男鹿のしょっつるは、麹を使うかどうかで系譜が分かれていた秋田県総合食品研究センターの報告が記録する男鹿地域のしょっつるを、麹を使う脇本・五里合・北浦の各地区と、麹を使わない船越地区に分けて示した構造図。構造男鹿のしょっつるは、麹を使うかどうかで系譜が分かれていた同じ「しょっつる」でも、地区ごとに原料の魚と麹の有無が違った。男鹿地域のしょっつる秋田県総合食品研究センターの報告が地区ごとの製法を記録麹を使う魚+塩+麹脇本地区ハタハタ五里合地区ハタハタ、イワシ、コウナゴ北浦地区コウナゴ、ハタハタ麹を使わない魚+塩船越地区ハタハタの頭と塩で、ショカラやしょっつるを造る味の違い麹を使うしょっつるは見た目や味わいが醤油に近くなり、鍋だけでなく魚や野菜の煮物の味付けにも使われていた。出典: 杉本勇人・塚本研一「しょっつるの歴史と将来」秋田県総合食品研究センター報告 19号 pp.57-66(2018)/農林水産省「うちの郷土料理」しょっつる鍋 秋田県図解:ajimuse.com

しょっつるの主原料はハタハタ

秋田県総合食品研究センターの報告によれば、男鹿地域の脇本地区はハタハタでしょっつるを造り、五里合地区はハタハタ・イワシ・コウナゴ、北浦地区はコウナゴ・ハタハタ、船越地区はハタハタを用いてしょっつるを造っていたと記録されている[1]。

  • 脇本地区: ハタハタ[1]
  • 五里合地区: ハタハタ、イワシ、コウナゴ[1]
  • 北浦地区: コウナゴ、ハタハタ[1]
  • 船越地区: ハタハタ(麹を使わない製法)[1]

麹を使う系譜と使わない系譜

新屋・浜田地域の製法とは異なり、男鹿地域の脇本・五里合・北浦の各地区は、魚と塩に加えて麹(蒸した穀物などにコウジカビを繁殖させたもの)を使ってしょっつるを造っていたとされる[1]。一方、船越地区は麹を使わず、ハタハタの頭と塩でショカラ(塩辛)やしょっつるを造っていた[1]。麹を使うしょっつるは見た目や味わいが醤油に近くなり、しょっつる鍋だけでなく魚や野菜を煮るときの味付けにも利用されていたと報告されている[1]。農林水産省の頁も、魚を塩漬けにして1年以上寝かせ、こして仕上げる工程を伝えている[2]。同じ「しょっつる」という名前でも、地区によって原料の組み合わせと麹の有無が異なっていた点は、しょっつるの味の違いを考えるときの手がかりになる。

窒素という物差し

ナンプラーの全窒素は、告示の下限と等級の2つの文脈で使われるタイ保健省告示No.203(2000年)の全窒素の要件と、学術論文が紹介するTISIの等級区分(1983年制定の規格に基づく)を、全窒素の多い順に示した図。段階ナンプラーの全窒素は、告示の下限と等級の2つの文脈で使われる告示は1L当たり9g以上を求め、論文が紹介するTISIの区分は15g/Lから上を2段に分ける。TISIの等級(論文が紹介・1983年制定の規格)01グレード120g/L超02グレード215〜20g/L等級と告示は別の文脈。どちらも現行の数値かは、本記事の参考資料では確認できないタイ保健省告示No.203(2000年)03品質要件の下限9g/L以上塩の総量やアミノ酸態窒素の比率も定めるしょっつるは全窒素などの国の数値規格が確認できないため、この物差しをそのまま当てはめることはできない。出典: Thai FDA, Notification of the Ministry of Public Health (No. 203) B.E. 2543 (2000) Re: Fish Sauce/Comparative Analysis ofChemical Composition and Food Safety of Commercial Fish Sauces from Four Asian Countries(PMC12428676)図解:ajimuse.com
比較項目ナンプラーしょっつる
定義の枠組み2000年タイ保健省告示No.203[3]数値規格は確認できず、農林水産省「うちの郷土料理」等が製法を記録[2]
全窒素の要件1L当たり9g以上(2000年告示時点)[3]規定は確認できない
アミノ酸態窒素比率全窒素の40%以上60%以下(2000年告示時点)[3]規定は確認できない
主な熟成期間本記事の参考資料では確認できない1年以上、魚が溶けるまで寝かせる[2]

タイの全窒素9g/L以上という要件(2000年告示)

タイ保健省告示No.203は、2000年時点でナンプラーの全窒素量を1L当たり9g以上と定めている[3]。全窒素は、アミノ酸やペプチドなど魚由来のたんぱく質分解物に含まれる窒素の総量を指す。この告示ではアミノ酸態窒素の割合や着色料の扱いまで数値・条文で定められているが[3]、後の改正でどう変わったかは本記事の範囲では確認できない。

TISIによる等級(学術論文経由の二次引用)

タイの市販魚醤を分析した学術論文は、タイ工業規格協会(TISI)の分類として、全窒素15〜20g/Lの製品をグレード2、20g/Lを超える製品をグレード1に区分すると紹介している[4]。同論文によれば、この分類は同論文が引用する1983年制定の「Standard for Local Fish Sauce」(タイ工業規格協会、産業省)に基づくとされる[5]。

  • 全窒素15〜20g/L: グレード2(同論文が紹介するTISI分類[4]、引用元は1983年制定の規格[5])
  • 全窒素20g/L超: グレード1(同論文が紹介するTISI分類[4]、引用元は1983年制定の規格[5])

1983年制定の規格が現在も同じ数値のまま運用されているかは、本記事の参考資料だけでは判断できないため、現行規格として読むことは避けたい。しょっつるについては全窒素などの数値規格自体が確認できないため、この物差しを日本側にそのまま当てはめることはできない。全窒素という同じ指標が、タイ側では告示の要件と、論文が紹介するTISIの等級区分という二つの文脈で使われていることになる。

しょっつるの歴史

新屋・浜田地域と男鹿地域の違い

秋田県総合食品研究センターの報告は、新屋・浜田地域のしょっつる製造法と男鹿地域の製造法が異なっていたことを記録している[1]。男鹿地域の脇本・五里合・北浦の各地区は魚と塩に麹を加えて造り、船越地区は麹を使わずハタハタの頭と塩で造っていた[1]。麹を使う地域のしょっつるは色や風味が醤油に近づくため、鍋料理だけでなく煮物の調味にも使われていたと記される[1]。

船越地区の交易とハタハタ屋役

同報告によれば、江戸時代の船越地区はハタハタを陸路で送る際に必ず通過しなければならない地点で、「ハタハタ屋役」という役職が置かれていた[1]。当時の船越地区は五城目や能代から出る雑穀や木材などを集積し、加賀の商船や土崎港の船と盛んに取引していたとされる[1]。農林水産省の頁は、しょっつるが醤油が高級品であった時代に、醤油の代わりの調味料として編み出された秋田県の伝統的な調味料であると説明している[2]。海運と陸運が交わる土地の記録の中に、しょっつるの製法が残っていたことになる。

使い方――しょっつる鍋を中心に

しょっつる鍋の材料と季節性

農林水産省の頁は、しょっつる鍋の材料としてネギ、豆腐、白菜、セリ、水菜、きのこなどを挙げている[2]。ハタハタは11〜12月に旬を迎え、秋田沖は日本で最も獲れる漁場とされることから、しょっつる鍋は秋田の冬になじみの鍋料理とされる[2]。家庭でしょっつる鍋を作る場合も、旬のハタハタとしょっつるの出汁を軸にする組み立てが基本になりやすい。

ハタハタという魚の性質

同頁によれば、ハタハタは通常水深500メートルの深海に生息する魚で、海が荒れて雷鳴がとどろくような時期、産卵期の一時期のみ大群で近海に現れるとされる[2]。この生態から、雷光の古語である「霹靂神(ハタハタがみ)」にちなんで名付けられ、別名カミナリウオとも呼ばれる[2]。上品な身とプチプチとした魚卵「ブリコ」が、あっさりとしたスープとしょっつる独特の風味に合うとされている[2]。

代用と味の違いを考えるときの視点

麹を使う男鹿地域のしょっつるは醤油に近い風味になりやすいとされ[1]、ナンプラーはタイの告示が塩分や窒素量を数値で管理した規格品として流通している[3]。この違いから、家庭でどちらかを切らしたときに互いを代用する場合は、麹を使う系譜のしょっつるなら醤油に近い風味を前提に、麹を使わない系譜なら魚介の風味がより直接に出やすいと考えて、塩分量を調味の最後に調整しながら置き換えると扱いやすい。ナンプラー単体の告示の詳細や、コーデックス規格CXS 302を含む魚醤全般の分類、しょっつるやいしるなど日本各地の魚醤の比較については、ナンプラーの規格、魚醤の基礎知識、日本の魚醤でそれぞれ扱われている内容と重なるため、ここでは定義と歴史の違いに絞って述べた。

結論

しょっつるとナンプラーの違いを一言でまとめるなら、規格で管理された調味料と、郷土料理の記録として伝わる調味料の違いということになる。ナンプラーは2000年のタイ保健省告示No.203が全窒素9g/L以上などの数値要件を課し、学術論文が紹介するTISIの等級区分(1983年制定の規格に基づく)まで存在する[3][4][5]。しょっつるは主にハタハタを1年以上塩漬けして造る秋田の郷土調味料で、地区ごとに麹の有無や原料魚が異なっていたことが記録に残る一方、国の数値規格は確認できない[1][2]。買った一本を使い切ろうとするなら、ナンプラーは告示が想定する塩味とうま味の濃さを前提に使い、しょっつるは麹を使う系譜か使わない系譜かによって味の輪郭が変わる調味料として扱うほうが実情に近い。数値の裏付けがあるかどうかという一点だけでも、二つの魚醤を並べて考える出発点になるはずである。

参考文献

  1. 杉本勇人・塚本研一「しょっつるの歴史と将来」秋田県総合食品研究センター報告 19号 pp.57-66(2018)
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/arif/2017/19/2017_57/_pdf/-char/ja
  2. 農林水産省「うちの郷土料理」しょっつる鍋 秋田県
    https://www.maff.go.jp/j/keikaku/syokubunka/k_ryouri/search_menu/menu/29_23_akita.html
  3. Thai FDA, Notification of the Ministry of Public Health (No. 203) B.E. 2543 (2000) Re: Fish Sauce
    https://food.fda.moph.go.th/media.php?id=509298499884556288&name=No.203-43 Fish Sauce.pdf
  4. Comparative Analysis of Chemical Composition and Food Safety of Commercial Fish Sauces from Four Asian Countries(PMC12428676)
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12428676/
  5. Comparative Analysis of Chemical Composition and Food Safety of Commercial Fish Sauces from Four Asian Countries(PMC12428676)所収の参考文献[13] TISI「Standard for Local Fish Sauce」(1983年)
    https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12428676/

この記事を書いた人

AJIMUSE Lab は、世界の調味料メディア AJIMUSE をつくっている編集ラボです。Codex(国際食品規格)、EU の規則と原産地呼称の登録簿、国際オリーブ理事会の規格、日本の JAS 規格と食品成分表、米国農務省やインド香辛料庁の資料、査読論文——本国の規格や公的機関の資料を中心に、一次資料を原典で読むことを出発点にしています。現地の言葉で書かれた規格や資料の読み解きと下書きにはAIを使い、数字や固有名詞は人が出典に当たり直して、裏が取れないものは落としてから公開します。編集方針と記事のつくりかたは運営者情報にまとめています。

目次