中国醤油図鑑|生抽・老抽とGB規格の読み方

中国醤油図鑑|生抽・老抽とGB規格の読み方

中国醤油は製造工程の違いにより「生抽(shēng chōu)」と「老抽(lǎo chōu)」の二系統に大別され、前者は塩味と香りを生かす調味用、後者はカラメル添加による着色用として使い分けられる。この分類は中国国家標準GB/T 18186が定めるアミノ酸態窒素含有量の等級制度[1]を基礎とし、日本のJAS規格[2]とは製法・用途・表示体系が大きく異なる。輸入食材店で瓶を手に取ったとき、ラベルに記載された「特級」「一級」の等級表示と、生抽・老抽の区分を正しく読み解けば、炒め物には生抽で塩味を整え、煮込みには老抽で照りを出すという中華料理の基本構造が見えてくる。

中国醤油:生抽と老抽の違い 中国醤油が薄色で調味に使う生抽と、着色に使う濃色の老抽の二本柱であること、GB規格でアミノ酸態窒素により等級分けされることを示した図。 中国醤油:生抽と老抽 中国醤油は「味つけの生抽」と「色づけの老抽」の二本柱で使い分ける。 生抽(ションチョウ) 薄い色・強い塩味とうま味 最初に搾った醤油。日本の濃口に近い 役割で、味つけの主役。 使い方 炒め物・和え物・タレ・下味。 「味を決める」ための醤油。 老抽(ラオチョウ) 濃い色・とろみ・穏やかな塩味 熟成を長くとり、糖蜜などで色を深めた 着色用の醤油。 使い方 煮込み・角煮・チャーハンの色付け。 「照りと色」を出すための醤油。 GB規格: 中国国家標準 GB/T 18186(醸造醤油)が、アミノ酸態窒素の量などで等級を定める。 出典: 中国国家標準 GB/T 18186(醸造醤油)/しょうゆのJAS(農林水産省) 図解:ajimuse.com
目次

中国醤油の二本柱——生抽と老抽の製法・用途の違い

中国醤油の売り場では、同じ「醤油」の棚に薄茶色の液体と黒褐色の液体が並ぶ。この色の違いは単なる濃度差ではなく、製造工程と添加物の有無に起因する。生抽は大豆・小麦・食塩を麹菌で発酵させた諸味を搾った直後の一番搾り醤油であり、塩味とグルタミン酸由来のうま味が前面に出る。老抽は生抽をさらに数か月間熟成させ、カラメル色素を加えて黒褐色に調整したもので、塩味は生抽より穏やかだが粘度と着色力が高い。日本の濃口醤油に近い風味を持つのは生抽だが、日本醤油と比べると塩分濃度がやや高く(18〜20%程度)、甘味料を添加しない製品が多いため、塩辛さが際立つ。

生抽(薄色醤油)——塩味と香りを担う調味の主役

生抽は中国語で「生(shēng)=生の、新鮮な」「抽(chōu)=抽出する」を意味し、発酵後の諸味を初めて搾った一番搾り醤油を指す。製法は日本の本醸造醤油と類似しており、大豆を蒸煮して小麦を炒り、種麹(Aspergillus oryzae または Aspergillus sojae)を接種して麹を作り、食塩水と混ぜて諸味とし、6〜8か月発酵・熟成させる。搾った直後の液体は透明感のある赤褐色で、塩味が強くグルタミン酸態窒素が豊富なため、炒め物や和え物の下味、スープの調味に広く使われる。広東料理では「豉油(chǐ yóu)」と呼ばれ、点心の蒸し鶏や野菜炒めに欠かせない基礎調味料となっている。

老抽(濃色醤油)——カラメル添加で実現する照りと色

老抽は生抽をベースに、さらに2〜3か月の追加熟成とカラメル色素の添加を経て製造される。「老(lǎo)=古い、熟成した」の名が示すとおり、熟成期間の延長によって大豆タンパク質の分解が進み、アミノ酸態窒素はやや減少するが、糖とアミノ酸のメイラード反応が進行して色が濃くなる。カラメル色素(GB 2760で使用が認められたカラメルⅠ〜Ⅳ)を加えることで、黒に近い濃褐色と粘性を獲得し、紅焼肉(豚の角煮)や醤爆鶏丁(鶏肉の醤油炒め)など、料理に照りと深い色を与える用途に特化する。塩味は生抽の7〜8割程度に抑えられ、甘味を感じさせる製品も多い。

使い分けの原則——塩味調整と着色を分離する中華の論理

中華料理の調味体系では、塩味の調整と色付けを別々の調味料で担う設計思想が貫かれている。生抽は塩味とうま味を加える役割に専念し、老抽は色と照りを加える役割に専念する。この分業により、炒め物では生抽だけで味を決め、煮込み料理では生抽で塩味を整えたあと老抽を数滴加えて色を調整するという二段階の調味が可能になる。日本の濃口醤油は塩味・色・香りを一本で担うため、中華料理を日本醤油で再現すると塩辛くなりすぎるか、色が薄くなるかのどちらかに偏りやすい。輸入食材店で両方を揃えておけば、レシピ通りの仕上がりに近づけることができる。

項目生抽老抽
赤褐色・透明感あり黒褐色・不透明
塩分濃度18〜20%14〜16%
主な用途炒め物・和え物・スープ煮込み・照り焼き・色付け
カラメル添加なしあり
熟成期間6〜8か月8〜11か月

GB/T 18186規格とアミノ酸態窒素の等級制度

中国国家標準GB/T 18186「醸造醤油」は、醤油の品質を客観的に評価するため、アミノ酸態窒素(amino acid nitrogen)の含有量を指標とした等級制度を定めている[1]。アミノ酸態窒素とは、タンパク質が麹菌と酵母の作用で分解されて生成する遊離アミノ酸の窒素量を指し、うま味の強さと発酵の進行度を反映する。GB/T 18186では特級・一級・二級・三級の4段階を設け、特級は0.80 g/100 mL以上、一級は0.70 g/100 mL以上、二級は0.55 g/100 mL以上、三級は0.40 g/100 mL以上と規定する。この数値が高いほど発酵・熟成が十分に進んでおり、うま味が濃厚で価格も高くなる。

特級・一級表示の読み方——数値で裏打ちされた品質保証

市販の生抽や老抽のラベルには「特級」「一級」といった等級表示が印刷されている。これはGB/T 18186に基づく公的な品質等級であり、製造者が任意に名乗れるものではない。特級を名乗るには、アミノ酸態窒素0.80 g/100 mL以上(一級0.70、二級0.55、三級0.40 g/100 mL以上)を満たす必要がある。等級は主にこのアミノ酸態窒素で分かれ、あわせて全窒素分と可溶性無塩固形分にも等級別の下限が定められるが、その具体値は発酵方式(高塩希釈発酵か低塩固態発酵か)で異なる。食塩相当量は品質規格の範囲要件であって等級を分ける指標ではない。輸入品を選ぶ際は、ラベル裏面の「GB/T 18186 特級」表示を確認すれば、少なくとも発酵度と窒素含有量が保証された製品であることが分かる。

日本のJAS規格との比較——等級基準の共通点と相違点

日本のしょうゆJASにも特級・上級・標準の等級制度があるが、指標そのものが中国のGB規格と異なる[2]。JASが等級判定に使うのは色度・全窒素分・無塩可溶性固形分で、アミノ酸態窒素は等級の指標に含まれていない(規格本文に登場しない)。こいくちしょうゆの全窒素分は特級1.50 g/100 mL以上、上級1.35 g/100 mL以上、標準1.20 g/100 mL以上、無塩可溶性固形分は特級16 g/100 mL以上・上級14 g/100 mL以上と定められ、特級は本醸造方式に限られる。中国のGB/T 18186がアミノ酸態窒素で等級を分けるのに対し、日本は全窒素分で分ける——数値帯を並べて比較できる関係にはない。ただし日本のJASは製法別に5種類(こいくち・うすくち・たまり・さいしこみ・しろ)を分類し、さらに本醸造・混合醸造・混合の3区分を設けるのに対し、中国のGB/T 18186は「醸造醤油」として一括し、生抽・老抽の区分は製品表示レベルで運用される点が異なる。

等級と価格——特級醤油は本当に必要か

特級醤油は一級品の1.5〜2倍の価格で販売されることが多い。アミノ酸態窒素0.80 g/100 mLと0.70 g/100 mLの差は、舌で明確に識別できるほど大きくはない。家庭料理で炒め物や煮込みに使う場合、一級品でも十分なうま味と塩味が得られる。特級品の真価が発揮されるのは、冷奴や刺身の付けダレ、蒸し鶏のタレなど、醤油そのものの風味を直接味わう料理である。加熱調理では香気成分が揮発し、他の調味料と混ざるため、特級と一級の差は縮小する。予算と用途に応じて等級を使い分ければ、コストを抑えつつ料理の質を保つことができる。

日本の醤油との製法差——麹菌・発酵期間・添加物の違い

中国醤油と日本醤油は、いずれも大豆・小麦・食塩を原料とし、麹菌による発酵を経て製造される点で共通するが、麹菌の種類選択、発酵温度管理、添加物の使用範囲に違いがある。日本の本醸造醤油は、Aspergillus oryzae またはAspergillus sojae を用い、15〜25℃の比較的低温で6〜12か月かけてゆっくり発酵させる。中国醤油も同じ麹菌を使うが、発酵温度を30〜35℃に設定し、発酵期間を6〜8か月に短縮する製法が主流である。高温発酵は酵素活性を高め、短期間でアミノ酸態窒素を生成できる反面、香気成分の組成が変わり、日本醤油に比べて塩味が前面に出やすい。

カラメル色素と甘味料——GB 2760が認める添加物の範囲

中国の食品添加物使用基準GB 2760は、醤油へのカラメル色素(カラメルⅠ〜Ⅳ)、甘味料(サッカリンナトリウム、アセスルファムK)、増粘剤(キサンタンガム)の添加を認めている。老抽の黒褐色はカラメルⅢまたはⅣによるものであり、一部の製品には甘草エキスや砂糖を加えて甘味を強調したものもある。日本のJAS規格は、本醸造しょうゆへのカラメル色素添加を認めるが、甘味料の添加は混合醸造・混合区分に限定される。このため、中国醤油を日本醤油の代用として使うと、想定外の甘味や粘度に戸惑うことがある。ラベルの原材料欄を確認し、添加物の有無を把握してから購入するとよい。

大豆と小麦の比率——うま味と香りのバランス

日本のこいくち醤油は、大豆と小麦をほぼ等量(重量比1:1)で配合する。小麦由来のデンプンが糖に分解され、酵母がアルコールと有機酸を生成し、華やかな香気成分(4-ethylguaiacol、4-ethylphenol など)を形成する。中国醤油は大豆の比率を高め(大豆:小麦 = 6:4 程度)、うま味を強調する配合が多い。小麦比率が低いと香気成分の生成量が減り、塩味とうま味が際立つ味わいになる。広東省や福建省の醤油は小麦比率をさらに下げ、大豆8:小麦2 程度とする製品もあり、地域ごとの嗜好差が配合比に反映されている。

料理での使い分け——炒め・煮込み・色付けの実践

中華料理のレシピには「生抽 大さじ1」「老抽 小さじ1」のように、生抽と老抽を併記する指示が頻出する。この指示を無視して日本の濃口醤油で代用すると、塩味は足りるが色が薄く、照りが出ない仕上がりになる。逆に老抽だけで調味すると、色は濃いが塩味が不足し、料理全体の味が締まらない。生抽と老抽を併用する理由は、塩味調整と色付けを独立に制御し、料理ごとに最適なバランスを実現するためである。

炒め物——生抽で塩味を決め、老抽は使わない

青菜炒め、蝦仁炒蛋(エビと卵の炒め物)、宮保鶏丁(鶏肉とピーナッツの炒め物)など、短時間で仕上げる炒め物には生抽だけを使う。炒め物は火力が強く、水分が飛びやすいため、塩味を早く決める必要がある。生抽は塩分濃度が高く、少量で味が決まるため、水っぽくならずにシャキッとした食感を保てる。老抽を加えると色が濃くなりすぎ、視覚的に重くなるため、炒め物には不向きである。広東料理の「清炒」(素材の色を生かす炒め物)では、生抽に少量の砂糖と紹興酒を加え、塩味と甘味のバランスを取る。

煮込み——生抽で下味、老抽で照りと色を重ねる

紅焼肉(豚バラ肉の醤油煮込み)、醤鴨(鴨の醤油煮)、滷肉飯(台湾風豚そぼろ丼)など、長時間煮込む料理では、生抽と老抽を段階的に投入する。まず肉を炒めて表面を焼き固め、生抽と紹興酒で下味を付ける。次に水または出汁を加えて煮込み、途中で老抽を数滴加えて色と照りを調整する。老抽は煮詰まると粘度が増し、肉の表面に艶やかな膜を形成する。この膜がカラメルの甘味と醤油の塩味を閉じ込め、冷めても味が抜けにくくなる。煮込み時間が30分を超える場合、生抽は最初に、老抽は仕上げ10分前に加えると、色が黒くなりすぎず、塩味も適度に保たれる。

タレ・ディップ——生抽ベースに酢・ごま油を加える

餃子のタレ、蒸し鶏のタレ、涼拌菜(冷菜の和え物)には、生抽をベースにした調味液を使う。基本配合は生抽:黒酢:ごま油 = 2:1:0.5 で、これに刻みニンニク、生姜、唐辛子、砂糖を加えて好みの味に調整する。老抽は色が濃すぎてタレ全体が黒ずむため、タレ類には使わない。香港の点心店では、生抽に砂糖と少量の水を加えて煮立て、冷ました「甜豉油(甘い醤油)」を蒸し餃子や腸粉(米粉の蒸しクレープ)にかける習慣がある。

料理カテゴリ生抽の使い方老抽の使い方代用する場合の日本醤油
炒め物大さじ1〜2(塩味調整)使わない濃口醤油 大さじ1
煮込み大さじ2(下味)小さじ1(色付け)濃口醤油 大さじ2 + みりん 小さじ1
タレ・ディップ大さじ2(ベース)使わない濃口醤油 大さじ2
炊き込みご飯大さじ1(香り)小さじ1/2(色)濃口醤油 大さじ1

結論——規格と用途を理解すれば選択肢が広がる

中国醤油の生抽・老抽という二分法は、日本の濃口・薄口とは異なる設計思想に基づいている。GB/T 18186が定めるアミノ酸態窒素の等級制度[1]は、発酵度を数値で保証する仕組みであり、日本のJAS規格[2]と共通する科学的指標を用いながら、製品分類と表示体系は独自に発展してきた。輸入食材店で瓶を手に取るとき、ラベルの「特級」「一級」表示とアミノ酸態窒素の数値を確認すれば、少なくとも発酵の進行度と品質水準を客観的に判断できる。

生抽は塩味とうま味を担い、老抽は色と照りを担うという役割分担を理解すれば、中華料理のレシピが求める「生抽 大さじ1、老抽 小さじ1」という指示の意図が明確になる。日本醤油で代用する場合も、塩味は濃口醤油で補い、色と照りはみりんやカラメルで調整するという発想が生まれる。中国醤油を常備する必要があるかどうかは、作りたい料理の頻度と仕上がりへのこだわりで決まる。週に一度以上中華料理を作るなら、生抽と老抽を揃えておけば、レシピ通りの色と味に近づけやすい。月に数回程度なら、日本醤油とみりんの組み合わせでも十分に代用できる。

規格表示を読み解く習慣を身に付ければ、醤油に限らず、輸入調味料全般の品質判断が容易になる。次に輸入食材店を訪れたとき、ラベル裏面の原材料欄と規格番号を確認してみてほしい。そこには製造者が守るべき基準と、消費者が期待してよい品質水準が記されている。

参考文献

  1. 中国国家標準 GB/T 18186-2000「醸造醤油」(SAMR公式・現行推奨性規格。アミノ酸態窒素で特級0.80/一級0.70/二級0.55/三級0.40 g/100 mLの等級を規定)
    https://openstd.samr.gov.cn/bzgk/gb/newGbInfo?hcno=88EBE312BAD142F76211CFDE37CF936E
  2. しょうゆの日本農林規格 JAS 1703:2021(農林水産省)(等級指標は色度・全窒素分・無塩可溶性固形分)
    https://www.maff.go.jp/j/jas/jas_standard/attach/pdf/index-470.pdf

この記事を書いた人

世界の調味料を、現地の一次資料から読み解く編集部です。数字と固有名詞は本国の公的機関や規格で裏を取り、家庭で「あの国の味」を再現したい人に役立つ形にまとめます。

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