「自然塩」「天然塩」という言葉は、食用塩公正競争規約のもとで商品名や広告に使うことができない[1][2]。かつて売り場に並んだこの表示は、定義があいまいなまま健康や美味のイメージだけが広がり、消費者からの苦情を招いて姿を消した[1]。輸入食材店で塩を選ぶとき、パッケージに「天然」の文字が見当たらなくても、原材料名と工程表示を読めば製法の輪郭はたどれる。
- 「天然塩」と精製塩の違いは、名前では分からない。「天然塩」「自然塩」は定義があいまいで、食用塩の表示規約で商品名や広告に使えない。
- 同じ「自然塩」の表示が、海水を天日で干しただけの塩にも精製塩に少量のミネラルを加えただけの塩にも使われ、苦情が出た。
- 塩を選ぶときは、原材料名の「海塩・岩塩・湖塩」などの名称や「天日」の語と、工程表示から製法の輪郭を読む。
この記事は「世界の塩 完全ガイド|製法・規格・産地で塩を読み解く」の各論です。
かつて売り場にあふれていた「自然塩」「天然塩」、今は使えない
日本の塩売り場には、かつて「自然塩」「天然塩」の文字を掲げた商品が数多く並んでいた。この名称は商品名や広告に広く使われていた時期があったと、食用塩公正取引協議会が明らかにしている[1]。しかし現在、同協議会が運用する規約に基づけば、こうした表示は使えない[1]。海水由来の塩にも岩塩にも湖塩にも等しく付けられてきたこの言葉は、規約制定を境に姿を消した。
商品名や広告に広がっていた時代
「自然」「天然」という語は、海水を煮詰めた塩にも、岩塩や湖塩にも、精製工程を経た塩にも等しく付けられてきた。同協議会は、商品イメージ向上のために各社がそれぞれ勝手に定義して使ってきた例があったと説明する[1]。統一された基準がない状態で「自然」「天然」を名乗ることができたため、この言葉はどの塩にも使える便利な形容として広がった。結果として、ラベルを見ただけでは製法の違いがわからない状況が生まれた。
パッケージから消えた言葉
現在、食用塩の表示は「食用塩の表示に関する公正競争規約」および施行規則に従って行われている[3]。この規約のもとでは「自然塩」「天然塩」という名称そのものに加え、辞書的に自然塩・天然塩と解される英語表記の”Natural Salt”なども使用できない[2]。輸入食材店の棚で「天然」の大きな文字を探しても、現在の国内向け商品ではまず見つからない。文字が消えた分だけ、原材料名や工程表示という別の項目を読む必要が増えたことになる。
理由は、定義のあいまいさとイメージの独り歩き
食用塩公正取引協議会によれば、「自然塩」は定義があいまいな言葉であり、各社が商品イメージ向上のために独自の基準で使ってきた例があった[1]。海水を天日で干しただけの塩を指す場合もあれば、精製塩に少量のミネラルを加えただけの商品を指す場合もあり、業界内で共通の線引きは存在しなかった。基準のなさが、そのままイメージの独り歩きにつながったことになる。
「自然塩」に決まった定義はなかった
「自然塩」という言葉には、業界内で共有された定義がそもそも存在しなかった。会社ごとに都合のよい基準を当てはめて使われてきたため、同じ「自然塩」という表示でも、実際の製法や原料はまちまちだった[1]。読み手からすれば、ラベルの文字だけを見て中身を判断する手がかりにはならなかったといえる。
良いイメージと実際のズレが苦情に
どのような塩であっても「自然塩」と書いてあれば、自然の塩で味がよい、健康に良いといった好印象が消費者の頭の中で作られてしまう、と同協議会は指摘する[1]。しかし実際の商品がそのイメージに沿わない場合、購入した消費者から苦情が発生した[1]。「自然塩」「天然塩」という名称や、天然・自然が塩にかかるような言葉は誤解を生むので使わないでほしいという声が消費者側から上がったことも、規約制定の背景として記録されている[1]。イメージと実態のズレが積み重なった結果、業界側の自主規制として言葉そのものが使えなくなった。
英語の“Natural Salt”も同じ扱いを受ける
日本語の「自然塩」「天然塩」だけでなく、辞書で自然塩・天然塩と解される名称、例えば“Natural Salt”のような英語表記も使用できない[2]。国内メーカーが英語ラベルに切り替えて同じ意味を表示することは、規約上想定されていない対応である。言葉の言語が変わっても、塩を直接修飾する「自然」「天然」の意味内容が変わらない限り、扱いは同じになる。
規約が求める代わりの情報=原材料の種類と製法の工程表示
規約および施行規則は、使用した原料を原料に占める量の割合が多いものから表示するよう定める[3]。塩化ナトリウムを含む原料の名称は、「海水」「海塩」「岩塩(溶解採鉱塩水及び地下塩水を含む。)」「湖塩(塩湖水を含む。)」「温泉水」のいずれかの名称で表示することとされている[3]。原材料の名称の区分は、事業者の工程に投入される段階の原料の形態を基準に判断される[3]。「自然」「天然」という一語の代わりに、原料の種類そのものを名指しさせる仕組みになっている。
原材料名は割合順に、種類を明示して
原材料名は、原料に占める量の割合が多い順に並べて表示する決まりがある[3]。塩化ナトリウムを含む原料の名称は、あらかじめ定められた区分のいずれかで表示する必要があり、事業者が自由に造語することはできない[3]。この仕組みによって、ラベルの原材料名欄を見るだけで、その塩が海水由来なのか岩塩由来なのか湖塩由来なのかが判別できる。
天日蒸発なら「天日」の一語を添える
原料が天日蒸発によって塩化されたものである場合には、「天日」の語を付けて表示することができ、「塩」に区分される原料であれば「天日塩」と省略して表示することも認められている[3]。この一語の有無が、太陽と風で結晶させた塩と、それ以外の工程で作られた塩を区別する目印になる。ラベルに「天日塩」とだけ書かれていても、それは規約上の正式な省略表示である。
工程表示の実例:イオン膜・立釜
食用塩公正取引協議会が示す表示例では、「原材料名:海塩(国内製造、イオン膜・立釜)/グルタミン酸ナトリウム」「工程:混合、乾燥」という形で、原料の産地・製法とその後の工程が分けて記載されている[1]。この例は、日本で海水からイオン膜・立釜という工程で作った塩とグルタミン酸ナトリウムを原料とし、両者を混合して乾燥した商品であることを説明している[1]。「自然」「天然」という一語に代わって、原料の来歴と工程を具体的な言葉で示す形式が採られている。読み手にとっては、単語一つより情報量の多い記載になる。
添加物とにがり(粗製海水塩化マグネシウム)の書き方
規約は添加物について、食品表示基準の定めに従って表示することを求めている[3]。そのうえで、粗製海水塩化マグネシウムを添加物として表示する場合は「粗製海水塩化マグネシウム(にがり)」と表示してよいとしている[3]。原料の原産地名についても、食品表示基準の定めに従って表示する[3]。にがり分の記載があるかどうかも、選ぶときの一つの手がかりになる。
必要表示事項を整理すると、次のようになる。
| 必要表示事項 | 表示の考え方 |
|---|---|
| 原材料名 | 「塩」「岩塩」「湖塩」等の名称を、割合の多い順に表示[3] |
| 添加物 | 規約は食品表示基準に従った表示を求める。にがりは「粗製海水塩化マグネシウム(にがり)」と表示できる[3] |
| 内容量 | 必要表示事項として定められている[3] |
| 原産地名 | 必要表示事項として定められている[3] |
| 製造者等の氏名又は名称及び住所 | 必要表示事項として定められている[3] |
| 原料原産地名 | 食品表示基準の定めに従い表示[3] |
「自然塩」の四文字が消えた分だけ、この表の各項目が果たす役割は大きくなった。原材料名と工程表示という地味な欄こそが、今の塩選びの実質的な情報源になっている。
「天然」は完全禁止ではない、禁じられているのは塩を直接修飾する言い方
規約が禁じているのは、天然・自然という語が塩を直接修飾する表示である[2]。「自然のエネルギーを利用して濃縮し……」のように、天然・自然が塩そのものにかからない表現は認められている[2]。つまり、太陽光や風といった自然のエネルギーを使う工程を説明する言葉として「自然」を使うことと、塩の名称そのものに「自然塩」と冠することは、規約上は別の扱いを受ける。この線引きを知らないと、規約全体を「天然という言葉の全面禁止」と誤解してしまう。
塩に直接かからない表現は認められる
「自然のエネルギーを利用して濃縮し……」という表現は、工程の一部を説明する言葉として認められている[2]。塩という名詞そのものに「自然」「天然」がかからず、製法の説明にとどまっている点が判断の基準になる。同じ「自然」という語でも、どこにかかるかによって使える表示と使えない表示に分かれる。
「無添加」も対象が不明瞭だと使えない
同様の考え方は「無添加」の表示にも適用される。対象が明瞭でない単なる「無添加」という表示は禁止されており、食用塩に通常使用されない食品添加物についての不使用表示も禁止されている[2]。「天然」も「無添加」も、何を指しているのかが具体的でない場合には、消費者に誤ったイメージを与えるとみなされる。言葉の善し悪しではなく、対象の明確さが問われている。
使える表現と使えない表現を並べると、次のようになる。
- 使えない例:「自然塩」「天然塩」「Natural Salt」など、天然・自然が塩を直接修飾する表示[1][2]
- 使える例(岩塩・湖塩):「天然の岩塩鉱から採掘された」のような事実の記述[2]
- 使える例(工程の説明):「自然のエネルギーを利用して濃縮し……」のような、塩に直接かからない表現[2]
「天然」の扱いは全面禁止ではなく、線引きの問題である。塩そのものを飾る言葉か、工程の一部を説明する言葉か、その違いを読み分ける習慣がラベル理解の助けになる。
岩塩・湖塩に限り「天然の鉱床から採掘」と書ける理由
岩塩や湖塩については、天然の鉱床や塩湖から採掘された場合、それは事実であるため「天然の岩塩鉱から採掘された……」のような表現が認められている[2]。海水を原料とする塩の「自然塩」表示が禁じられる一方で、岩塩・湖塩の「天然の鉱床から採掘」という表現が認められるのは、後者が実際の産地・採掘方法をそのまま述べた事実の記述だからである。イメージを付与する言葉ではなく、産地と工程を述べる言葉として扱われている点が異なる。
採掘は事実の記述であって誇大表示ではない
岩塩・湖塩の「天然の鉱床から採掘された」という表現は、実際に地中の鉱床や塩湖から採掘した事実をそのまま述べているに過ぎない[2]。イメージを付け加える表現ではなく、産地と採取方法を説明する表現として成立している。海水を煮詰めて塩にする工程を「自然塩」と呼ぶことと、鉱床から採掘した事実を述べることは、規約上まったく別の扱いになる。
原材料名の分類が海水由来と鉱床由来を分ける
規約の原材料名の区分でも、海水から作られる「塩」と、「岩塩(溶解採鉱塩水及び地下塩水を含む。)」「湖塩(塩湖水を含む。)」は別の名称として扱われている[3]。この分類があるからこそ、岩塩・湖塩については採掘という工程を具体的に指して「天然の鉱床から採掘された」と書くことが、誇大でもあいまいでもない事実の説明として成立する。原材料名の区分そのものが、表現の許容範囲を左右している。
「国産塩」表示という別ルールとの違い
「国産塩」「国内塩」の表示には、協議会の自主ルールとして別の基準がある。海水取水から製品化までのすべての工程が国内で行われた商品に限り、一括表示・製法表示の枠外であれば「国産塩」の表示が認められる[2]。輸入塩を原料として国内で溶解・再結晶といった品質に実質的な変更をもたらす工程を行った場合の扱いも、この自主ルールの範囲で定められている[2]。「天然」「自然」の線引きとは別に、産地表示にはもう一つの独自基準が存在している。
結論:今は何を見て塩を選ぶか
塩を選ぶときにまず見る場所は、パッケージの原材料名欄である。「塩」「岩塩」「湖塩」のどの名称が使われているか、天日蒸発によるものなら「天日」の語が付いているかを確認すれば、原料の来歴の輪郭がわかる[3]。続いて工程表示を見ると、「イオン膜・立釜」のように、原料をどのような工程で塩にしたかが記載されている場合があり、その一語から製法のおおまかな系統をたどれる[1]。添加物の欄でにがり(粗製海水塩化マグネシウム)の記載があれば、にがり分をどの程度残した塩なのかの手がかりにもなる[3]。
選ぶときに確認する項目を並べると、次のようになる。
- 原材料名(塩/岩塩/湖塩、天日の有無)[3]
- 工程表示(イオン膜・立釜など)[1]
- 添加物欄(にがりの記載など)[3]
- 原産地名・製造者名[3]
「天然」の文字だけで判断しない
「天然」という文字が付いていないことは、品質の低さを意味しない。岩塩・湖塩における「天然の鉱床から採掘」という表現以外では、天然・自然が塩に直接かかる表示自体が規約で使えないため、多くの商品ラベルにはそもそもその言葉が存在しない[2]。ラベルに「天然」がないことよりも、原材料名と工程表示の具体性を見るほうが、実際に選ぶときの手がかりになる。製法の違いによる味の傾向は別の話として残るが、ラベルはまず原材料名欄から読むのが確実である。
「天然」という言葉が消えた分だけ、原材料名と工程表示という地味な項目が担う情報は大きくなった。塩のラベルは、原材料名の欄に「岩塩」「湖塩」「天日塩」のどの語があるかを探すところから読むと、表示が具体的な製法の話につながっていく。
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参考文献
- 規約の概要(食用塩公正取引協議会)
https://www.salt-fair.jp/action/ - よくある質問(食用塩公正取引協議会)— 天然・自然の用語の扱い
https://www.salt-fair.jp/qanda/rule10.html - 食用塩の表示に関する公正競争規約および施行規則(全国公正取引協議会連合会)
https://www.jfftc.org/DATA/Kiyaku_pdf/d07_H_sio.pdf
