海塩の図鑑|天日・平釜・イオン膜、製法で味が変わる理由

海塩の図鑑|天日・平釜・イオン膜、製法で味が変わる理由

海塩は製法によって天日塩・平釜塩・立釜塩・イオン膜塩に大別できる。日本では食用塩の表示に関する公正競争規約の施行規則が、これらを含む17の工程用語を定め、製品ごとに実際の工程を順に列挙して表示するよう求めている[2]。天日塩は海水を太陽熱だけで濃縮・結晶化させた塩で、マグネシウムなどのミネラルを多く含む。平釜塩は密閉されていない釜を用いて大気圧で加熱蒸発させる製法、立釜塩は完全密閉型の蒸発缶を用いて減圧又は加圧状態で加熱蒸発させる製法、イオン膜塩はイオン交換膜で海水を濃縮してから煎ごうする現代の主流製法である[2]。これらの違いは結晶の形状・にがり(塩化マグネシウム)の残存量・味わいに直結し、料理の仕上がりを左右する。輸入食材店で見かけるフランス・ゲランドの粗塩や、イタリア・シチリアの海塩が同じ「海塩」でも風味が異なるのは、この製法の差によるものだ。

目次

海塩の作り方(採かん→煎ごうの工程)

海塩の製造は大きく2段階に分かれる。第1段階の「採かん」は海水を濃縮する工程、第2段階の「煎ごう」は濃縮液を結晶化させる工程である[2]。この2段階をどう組み合わせるかで、天日・平釜・立釜・イオン膜という4つの製法が生まれる。

採かん(濃縮)の方法

海水に溶けている塩分はごくわずかで、そのまま煮詰めると燃料コストが膨大になる。そこで採かんによって塩分濃度を大きく高めてから結晶化させる。天日塩の場合、広大な塩田に海水を引き込み、太陽熱と風で水分を蒸発させる。フランス・ゲランドの塩田では夏季の日照を利用し、数週間かけて濃縮する。イオン膜塩の場合、陽イオン交換膜と陰イオン交換膜を交互に配置した電気透析装置に海水を通し、電気の力でナトリウムイオンと塩化物イオンを選択的に濃縮する[1]。この方法は天候に左右されず、短時間で高濃度の塩水(かん水)を得られる。

煎ごう(結晶化)の方法

濃縮したかん水を加熱すると、塩化ナトリウムが結晶化して析出する。天日塩は煎ごうも行わず、塩田の底に自然に沈殿した結晶を掻き集める。結晶化の速度が遅いほど粒が大きく、マグネシウムやカルシウムなどのにがり成分が結晶表面に残りやすい。

製法と結晶形の関係

製法ごとの結晶形とにがり残存の違いを次の表にまとめた。

製法採かん方法煎ごう方法結晶形にがり残存
天日塩太陽熱・風なし(自然結晶)粗大・不均一多い
平釜塩太陽熱・風または逆浸透膜平釜・大気圧フレーク状・大粒やや多い
立釜塩イオン膜または逆浸透膜立釜・減圧又は加圧細粒・均一少ない
イオン膜塩イオン膜立釜または平釜細粒・均一非常に少ない

天日塩は手間と広大な土地を要するが、ミネラルバランスが豊かで複雑な味わいを持つ。イオン膜塩は工業的に安定供給でき、純度の高い塩化ナトリウムを得られる。

天日塩・平釜塩・立釜塩・イオン膜塩の違い

日本の食用塩公正競争規約の施行規則第3条は、製造工程の特性を表す用語として17語(イオン膜・逆浸透膜・浸漬・溶解・天日・平釜・立釜・噴霧乾燥・加熱ドラム・採掘・乾燥・粉砕・焼成・混合・洗浄・造粒・くん煙)を定め、これを工程順に列挙して表示するよう求めている[2]。本節で扱う「天日」「平釜」「立釜」「イオン膜」はそのうち代表的な4つで、規約がこの4区分だけを定めているわけではない。工程表示は、消費者が味や用途を判断する手がかりとなる。

天日塩の特徴

天日塩は太陽と風だけで海水を濃縮・結晶化させた塩である。代表的な産地はフランス・ゲランド、ポルトガル・アルガルヴェ、イタリア・トラーパニ(シチリア島)などの地中海沿岸と、メキシコ・ゲレロネグロ、オーストラリア・シャークベイなどの乾燥地帯だ。結晶は粗く不均一で、収穫後に洗浄も精製もせず添加物も加えないため、マグネシウム・カルシウム・カリウムなどのミネラルや微量元素を比較的多く残している[3]。味は塩辛さの中にほのかな苦みと甘みがあり、舌触りはざらつく。ゲランドの「フルール・ド・セル(塩の花)」は塩田の水面に浮かぶ結晶だけを手作業で掻き取ったもので、軽い食感と繊細な風味が特徴である。

平釜塩の特徴

平釜塩は濃縮したかん水を密閉されていない釜で大気圧で加熱し、結晶化させる。日本では江戸時代以来の製塩法として行われてきた[6]。結晶の表面積が大きく、料理にふりかけたときに素早く溶けて塩味を広げる。にがり成分は天日塩ほど多くないが、立釜塩やイオン膜塩より残りやすく、まろやかな味わいになる。国内では伊豆大島の「海の精」、沖縄の「ぬちまーす」などが平釜製法を採用している。

立釜塩の特徴

立釜塩は完全密閉型の蒸発缶を用いて、減圧又は加圧状態で加熱蒸発させる製法である。結晶は細かく均一で、さらさらと流れる。にがり成分は煎ごうの過程で分離されやすく、塩化ナトリウムの純度が高い。味はシャープで塩辛さが際立ち、苦みや甘みは少ない。大量生産に向いており、業務用や家庭用の食卓塩として広く流通している。

イオン膜塩の特徴

イオン膜塩は電気透析で海水を濃縮してから煎ごうする製法である。プラスのイオンだけを通す膜とマイナスのイオンだけを通す膜を交互に並べ、電気を通して海水中の塩分を移動させることで濃い塩水を得る[5]。マグネシウムやカルシウムは濃縮液にほとんど含まれない。結晶は細かく均一で、塩化ナトリウム純度が高い。味は非常にシャープで、塩辛さ以外の風味がほとんどない。日本の家庭用食塩の大半はこの製法で作られている。

にがり(塩化マグネシウム)と味の関係

にがりは海水から塩化ナトリウムを結晶化させたあとに残る液体で、主成分はマグネシウムで、ほかにナトリウムやカルシウム、カリウムなどを含む[1]。このにがりの残存量が、海塩の味わいを大きく左右する。

マグネシウムの苦味と甘味

塩化マグネシウムは舌に苦みを感じさせる。天日塩や平釜塩ににがり成分が多く残っていると、塩辛さの中にほのかな苦みが加わり、味に奥行きが生まれる。一方で、マグネシウムは保水性が高く、結晶表面に水分を引き寄せる。この水分が塩の粒を湿らせ、舌に触れたときにゆっくり溶けることで、甘みやまろやかさを感じさせる効果もある。

カルシウムとカリウムの役割

カルシウムは塩味を柔らかくし、カリウムは酸味を引き立てる働きがある。天日塩にはこれらのミネラルが微量ながら含まれ、単純な塩辛さではなく複雑な味わいを構成する。ゲランドの塩のように収穫後に洗浄も精製もしない海塩は、こうしたミネラルと微量元素を残したまま結晶になる[3]。対照的に、イオン膜法を経て作られる精製塩は、塩化ナトリウム99.5%以上、マグネシウム0.11%以下、カルシウム27mg/kg以下、カリウム35mg/kg以下という規格で、にがり由来の成分がほとんど残らない[4]

にがり抜きと精製塩

イオン膜塩や立釜塩は、にがりを徹底的に除去した「精製塩」に分類される。精製塩は塩化ナトリウム純度が高く、工業製品や加工食品の製造に適している。味は一次元的だが、レシピの再現性が高く、塩分量の計算がしやすい。一方、天日塩や平釜塩は「粗塩」と呼ばれ、ミネラルバランスが豊かで、仕上げの振り塩や漬物に向く。なお「自然塩」という呼び方は、公正競争規約が塩を直接修飾する表現として使用を認めていないため、表示上は用いられない[2]

世界の海塩産地(ゲランド・シチリア・地中海・日本)

海塩の風味は製法だけでなく、産地の気候・海水組成・土壌によっても変わる。世界には歴史的に有名な海塩産地がいくつか存在する。

フランス・ゲランド

ゲランドはブルターニュ地方の大西洋岸に位置し、9世紀から続く天日塩の産地である。夏季の日照時間が長く、風が強いため、海水の蒸発が進みやすい。塩田は粘土質の底を持ち、薄く張ったかん水の層で結晶させるため、塩はわずかに灰色がかった色合いと崩れやすい質感になる[3]。「ゲランドの塩」はIGP(地理的表示保護)として登録されており、仕様書では結晶池(ウイエ)のかん水から専用の道具で手作業により採塩することが定められている[3]。フルール・ド・セルは塩田の水面に浮かぶ結晶だけを掬い取ったもので、年間生産量は限られる。

イタリア・シチリア

シチリア島西端のトラーパニとマルサラは、地中海有数の天日塩産地である。夏季は高温で乾燥し、冬季も比較的温暖なため、年間を通じて採塩が可能だ。塩田は浅い石灰岩の窪地を利用しており、海水に溶け込んだカルシウムが結晶に取り込まれやすい。シチリアの海塩は白く細かい結晶で、まろやかな塩味と微かな甘みがある。古代ローマ時代から塩の交易拠点として栄え、現在もDOP(原産地呼称保護)の認定を目指す動きがある。

地中海沿岸の塩田

スペイン・カディス、ポルトガル・アルガルヴェ、ギリシャ・メソロンギなども天日塩の産地として知られる。地中海は外洋より塩分濃度がやや高く、蒸発速度も速いため、塩田経営に適している。ポルトガルのフロール・デ・サル(塩の花)は、ゲランドのフルール・ド・セルと同様に水面の結晶を手作業で採取したもので、軽い食感と繊細な風味が評価されている。

日本の海塩

日本は高温多湿で降水量が多く、天日塩の生産には不向きである。戦前は入浜式塩田や揚浜式塩田で濃縮した海水を平釜で煮詰める製法が主流だったが、1971年から1972年の第4次塩業整備で採かん工程がイオン膜方式に全面転換され、塩田は廃止された[6]。現在、国内で流通する海塩の大半はイオン膜塩である。一方、沖縄県や伊豆諸島では小規模な平釜製塩が復活し、「海の精」「雪塩」「ぬちまーす」などのブランドが生まれている。これらは黒潮の海水を原料とし、マグネシウムやカルシウムを豊富に含む。

料理での海塩の使い分け

海塩の種類によって溶け方・塩味の広がり方・食感が異なるため、料理の工程や目的に応じて使い分けると仕上がりが変わる。

下味・茹で塩にはイオン膜塩

パスタの茹で湯や野菜の下茹でには、塩化ナトリウム純度の高いイオン膜塩が向く。溶解速度が速く、塩分濃度を正確にコントロールできる。にがり成分が少ないため、野菜の色を鮮やかに保ちやすい。イタリアの製粉・パスタの業界団体 Unione Italiana Food は、パスタ100gあたり塩7〜10gを目安として示している(水量については、かつての目安である1リットルではなく0.7リットルで足りるとしている)[7]。イオン膜塩なら計量が簡単で、毎回同じ仕上がりを再現できる。

仕上げの振り塩には天日塩・平釜塩

焼いた肉や魚、サラダの仕上げには、粗塩や平釜塩のフレークが適している。結晶が大きく、噛んだときに塩味が弾けるように感じられる。天日塩のにがり成分は素材の甘みを引き立て、単調な塩辛さにならない。ステーキにゲランドの粗塩を振ると、肉汁と塩の結晶が口の中で混ざり合い、複雑な味わいが生まれる。フルール・ド・セルやフロール・デ・サルは軽い食感で、トマトやモッツァレラチーズに振りかけると、素材の風味を邪魔せずに塩味だけを加える。

漬物・発酵にはにがり残存の多い塩

野菜の漬物や味噌・醤油の仕込みには、にがり成分が残る天日塩や平釜塩が向く。マグネシウムやカルシウムが野菜の細胞壁を引き締め、歯ごたえを保つ。また、にがりは乳酸菌の活動を穏やかに促進し、発酵のバランスを整える効果があるとされる。ぬか漬けに天日塩を使うと、野菜の水分が適度に抜けてしんなりし、酸味と塩味が調和しやすい。

製菓・製パンには精製塩

パンやケーキの生地には、塩化ナトリウム純度の高い精製塩(イオン膜塩・立釜塩)が適している。にがり成分が少ないため、グルテンの形成や酵母の発酵に与える影響が安定する。パン生地の塩分はレシピによって幅があり、塩の種類によっても発酵速度や生地の伸びが変わる。精製塩なら再現性が高く、レシピ通りの仕上がりを得やすい。

結論

海塩は製法によって天日塩・平釜塩・立釜塩・イオン膜塩に分かれ、それぞれにがり残存量・味わいが異なる[1][2]。パッケージの工程欄には、これら4つを含む17の工程用語のうち該当するものが順に並ぶ[2]。天日塩はマグネシウムやカルシウムを多く含み、複雑な風味と粗い食感を持つ。平釜塩はフレーク状の結晶で、まろやかな塩味と素早い溶解性を兼ね備える。立釜塩とイオン膜塩は塩化ナトリウム純度が高く、シャープな塩辛さと再現性の高さが特徴だ。

産地ごとの気候・海水組成・土壌も風味に影響し、フランス・ゲランドの灰色がかった粗塩、イタリア・シチリアの白く細かい天日塩、日本の黒潮を原料とした平釜塩は、それぞれ個性を持つ。料理では下味にイオン膜塩、仕上げに天日塩や平釜塩、漬物ににがり残存の多い塩、製菓に精製塩と使い分けることで、素材と工程に合った塩味を実現できる。

輸入食材店で見かけた海塩の正体を知り、製法と産地を確認してから選ぶと、料理の幅が広がる。手元の塩がどの製法で作られたかを確認し、次の一品で使い分けを試してみるとよい。

参考文献

  1. 公益財団法人塩事業センター 塩百科「塩のつくり方」
    https://www.shiojigyo.com/siohyakka/made/
  2. 食用塩の表示に関する公正競争規約・施行規則(食用塩公正取引協議会)
    https://www.salt-fair.jp/kiyaku/
  3. 「Sel de Guérande/Fleur de sel de Guérande」IGP登録申請の公示(欧州連合官報 C 189/2011)
    https://eur-lex.europa.eu/legal-content/FR/TXT/HTML/?uri=CELEX:52011XC0629(10)
  4. 公益財団法人塩事業センター 商品情報「精製塩1kg」品質規格
    https://www.shiojigyo.com/product/list/seiseien/
  5. イオン膜・立釜法|塩百科(公益財団法人塩事業センター)
    https://www.shiojigyo.com/siohyakka/made/ion.html
  6. 塩の制度の歴史(塩田の廃止と専売制)|塩百科(公益財団法人塩事業センター)
    https://www.shiojigyo.com/siohyakka/number/history.html
  7. Unione Italiana Food, “Pasta: cucinarla a regola d’arte con un occhio alla sostenibilità”(WeLovePasta)
    https://www.welovepasta.it/pasta-cucinarla-regola-darte-un-occhio-alla-sostenibilita-la-risposta-unione-italiana-food-al-good-cooking-made-usa/

この記事を書いた人

世界の調味料を、現地の一次資料から読み解く編集部です。数字と固有名詞は本国の公的機関や規格で裏を取り、家庭で「あの国の味」を再現したい人に役立つ形にまとめます。

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