発酵大豆は、使う微生物の違いで糸引き納豆(納豆菌)、寺納豆(麹菌)、テンペ(テンペ菌)の3つに大別される[2]。日本の糸引き納豆は納豆菌が大豆タンパク質を分解してポリグルタミン酸の粘りを生み、寺納豆は麹菌で味噌に近い風味を作る。インドネシアのテンペは白いカビで大豆を固めてタンパク質15%以上を保つ[1]。どれも大豆を微生物で発酵させる点は同じだが、菌の種類で香り・食感・保存性が大きく変わるため、料理での使い分けが効く。
発酵大豆とは(納豆菌・麹菌・カビの型)
発酵大豆は、煮た大豆に特定の微生物を植え付けて発酵させた食品の総称だ。微生物の種類で3つに分かれる。納豆菌(Bacillus subtilis)を使う糸引き納豆、麹菌(Aspergillus oryzae)を使う塩辛納豆(寺納豆)、テンペ菌(クモノスカビ属=Rhizopus oligosporus)を使うテンペである[2]。この3つは発酵の仕組みが異なり、納豆菌は高温(40〜45℃)で増殖して粘り物質を作り、麹菌は穀物の表面で酵素を出して旨味を蓄え、テンペ菌は菌糸で大豆を包んで固形化する。
納豆菌・麹菌・テンペ菌の働き
納豆菌(Bacillus subtilis natto)は芽胞を形成する好気性細菌で、大豆タンパク質をアミノ酸に分解しながらポリグルタミン酸とフラクタンを合成して粘りを作る。麹菌(Aspergillus oryzae)はプロテアーゼとアミラーゼを分泌して大豆と穀物を分解し、グルタミン酸やペプチドを蓄積させる。テンペ菌(Rhizopus oligosporus)は白い菌糸で大豆粒を覆い、酵素でタンパク質を低分子化しながら豆を固めて塊状に仕上げる[2]。いずれも大豆イソフラボンをアグリコン型に変えて吸収率を高める点は共通している。
発酵条件の違い
糸引き納豆は40〜45℃で12〜24時間、空気を通しながら発酵させる。麹菌を使う寺納豆は25〜30℃で麹を作ったあと塩水に漬けて熟成し、最終的に乾燥させて水分を10%以下に下げる。温度と酸素量の管理で菌の増殖速度と代謝産物が変わるため、家庭で再現する際も温度計と通気性の調整が必要になる。
| 種類 | 微生物 | 発酵温度 | 発酵時間 | 最終水分 |
|---|---|---|---|---|
| 糸引き納豆 | Bacillus subtilis natto | 40〜45℃ | 12〜24時間 | 約60% |
| 寺納豆 | Aspergillus oryzae | 25〜30℃(麹)→熟成 | 数日〜数週間 | 10%以下 |
| テンペ | Rhizopus oligosporus | 30〜32℃ | 24〜36時間 | 65%以下[1] |
糸引き納豆(Bacillus subtilis natto)
糸引き納豆は、蒸した大豆を納豆菌で発酵させて粘りを引き出した日本の伝統食品だ。納豆菌は稲わらに多く付着しており、古くはわらで大豆を包んで自然発酵させていた。現在は純粋培養した納豆菌を接種して温度管理された発酵室で作る。粘りの主成分はポリグルタミン酸とフラクタンで、納豆菌が増殖する過程で細胞外に分泌される。
小粒・大粒・ひきわりの違い
以下に挙げる粒径・温度・期間・濃度はAJIMUSE Lab が目安として整理したもので、規格や一次資料に基づく数値ではない。小粒納豆は大豆を丸ごと発酵させたもので、粒径5〜7mm程度の品種(すずまる、小粒大豆)を使う。大粒納豆は9〜12mmの大豆(鶴の子、とよまさり)を使い、食感が残りやすい。ひきわり納豆は大豆を割ってから発酵させるため表面積が増え、発酵時間が短く粘りが強くなる。大粒は煮物や炒め物に混ぜても形が残り、ひきわりは納豆汁や和え物に溶け込みやすい。
うま味成分と栄養価
糸引き納豆のうま味はグルタミン酸が主体で、発酵によって大豆タンパク質が分解されてアミノ酸量が増える。ビタミンKは納豆菌が合成するメナキノン-7を多く含むのが特徴で、日本食品標準成分表では糸引き納豆100 gあたり600 µgとされる[3]。食物繊維総量は同9.5 g/100 gで[3]、イソフラボンはアグリコン型に変換されて吸収率が上がる。納豆キナーゼは納豆菌が作る酵素で、タンパク質分解活性を持つが加熱で失活する。
塩辛納豆・寺納豆(麹菌の乾燥タイプ)
塩辛納豆は、大豆に麹菌を生やして塩水で熟成させ、乾燥させた発酵食品だ。寺納豆、浜納豆、大徳寺納豆などの名で呼ばれ、糸引き納豆とは製法も風味も異なる。麹菌が大豆を分解して旨味を作り、塩分で保存性を高める。見た目は黒く乾燥した粒状で、味噌に近い香りと塩気がある。
製法と熟成
大豆を蒸して麹菌を植え付け、25〜30℃で2〜3日培養して麹を作る。この麹を塩水(塩分15〜20%)に漬けて数週間から数カ月熟成させ、最後に天日で乾燥させて水分を10%以下に下げる。熟成中に麹菌の酵素が大豆タンパク質をペプチドとアミノ酸に分解し、グルタミン酸とアスパラギン酸が蓄積される。乾燥工程でメイラード反応が進み、黒褐色の色と香ばしい香りが生まれる。
使い方と保存
寺納豆はそのまま食べるほか、刻んで茶漬けや炒め物の香り付けに使う。塩分が高いため調味料として扱い、醤油の代わりに炒飯や野菜炒めに加えると旨味と塩気が一度に入る。乾燥しているので常温で1年以上保存でき、密閉容器に入れて冷暗所に置けば風味が保たれる。開封後は湿気を避けるため冷蔵庫に入れるとよい。
世界の発酵大豆(テンペ・キネマ・トゥアナオ)
発酵大豆は日本以外にも東南アジアやヒマラヤ山麓に広く分布する。インドネシアのテンペ、ネパールのキネマ、タイ北部のトゥアナオはいずれも大豆を発酵させた伝統食品だが、使う微生物と食べ方が異なる。
テンペ(インドネシア)
テンペは、大豆をテンペ菌で発酵させてケーキ状に固めたインドネシアの国民食だ。Codex委員会のテンペ地域規格(CODEX STAN 313R-2013)は、テンペを「脱皮した煮大豆をRhizopus spp.で固体発酵させた、白く緻密なケーキ状の製品」と定義し、水分65%以下、タンパク質15%以上、脂質7%以上、粗繊維2.5%以下を成分要件としている[1]。テンペ菌が白い菌糸で大豆を覆い、粒同士を結合させて固形化する[2]。発酵で大豆の青臭さが抜け、ナッツに近い香りになる。スライスして揚げたり炒めたりして食べ、豆腐より歯ごたえがあり肉の代替としても使われる。日本食品標準成分表では、テンペ100 gあたりたんぱく質15.8 g、食物繊維総量10.2 g、水分57.8 g、エネルギー180 kcalとされている[4]。
キネマ(ネパール・インド北東部)
キネマは、大豆を納豆菌(Bacillus subtilis)で発酵させたペースト状の食品で、ネパールやインド北東部(シッキム、ダージリン)で作られる。糸引き納豆と同じ納豆菌を使うが、発酵後にすり潰してペーストにし、香辛料と混ぜてカレーやスープに加える。粘りは弱く、味噌に近い使い方をする。
トゥアナオ(タイ北部・ミャンマー)
トゥアナオは、大豆を納豆菌の仲間(Bacillus属)で発酵させて円盤状に固め、乾燥させたタイ北部とミャンマーの伝統食品だ。発酵後に成形して天日干しし、保存食として使う。使う際は砕いて炒め物やスープに入れ、旨味と香りを加える。粘りは少なく、乾燥させるため常温で数カ月保存できる。
| 食品名 | 地域 | 微生物 | 形状 | 主な食べ方 |
|---|---|---|---|---|
| テンペ | インドネシア | Rhizopus oligosporus | ケーキ状 | スライスして揚げ・炒め |
| キネマ | ネパール・インド北東部 | Bacillus subtilis | ペースト | カレー・スープに混ぜる |
| トゥアナオ | タイ北部・ミャンマー | Bacillus属 | 円盤状(乾燥) | 砕いて炒め物・スープに |
うま味と使い方
発酵大豆のうま味は、微生物が大豆タンパク質を分解して生じるグルタミン酸とペプチドが中心だ。糸引き納豆はグルタミン酸が多く、そのまま食べても旨味を感じる。寺納豆は塩分と熟成でアミノ酸濃度が高まり、調味料として少量で効く。テンペはタンパク質が低分子化されて消化吸収が良くなり、炒めると香ばしさが加わる。
料理への応用
糸引き納豆は、炒飯・パスタ・オムレツに混ぜると旨味と粘りが加わる。加熱すると粘りが弱まるため、仕上げに混ぜるか、ひきわりを使って全体に絡める。寺納豆は刻んで炒め物や煮物に加え、塩と旨味を同時に入れる。テンペはスライスして素揚げし、サラダやサンドイッチの具にするほか、崩してそぼろ状にして肉味噌の代わりに使う。
代用と組み合わせ
糸引き納豆が手に入らない場合、テンペを細かく刻んで発酵調味料(味噌・醤油)と混ぜると旨味が近づく。寺納豆は豆豉(中国の発酵黒豆)で代用でき、どちらも塩辛く旨味が強い。テンペは厚揚げや木綿豆腐で食感を代用し、味噌や醤油麹で発酵の風味を補う。発酵大豆同士を組み合わせる場合、糸引き納豆とテンペを炒めて味噌で調味すると、複数の発酵由来の旨味が重なって深みが出る。
結論
発酵大豆は、納豆菌・麹菌・テンペ菌の3つの微生物で大別され、それぞれ粘り・塩辛さ・固形化という特徴を持つ。糸引き納豆は日本の食卓で旨味と粘りを担い、寺納豆は調味料として塩分と旨味を加え、テンペは東南アジアで肉の代替と栄養源になる。どれも大豆タンパク質を微生物が分解してアミノ酸を増やし、イソフラボンをアグリコン型に変える点は共通している。
家庭で使う際は、糸引き納豆を炒飯やパスタに混ぜ、寺納豆を刻んで炒め物の香り付けに使い、テンペをスライスして揚げ物や炒め物の具にすると、それぞれの特性が活きる。発酵大豆は保存性と栄養価が高く、輸入食材店で見かけたテンペや豆豉を試すことで、世界の発酵技術を自宅のキッチンで体験できる。次の一歩として、テンペを1パック買って素揚げし、塩を振って食べてみるとよい。白いカビの香りと大豆の甘みが、発酵の力を実感させてくれる。
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参考文献
- REGIONAL STANDARD FOR TEMPE(CODEX STAN 313R-2013, Amendment 2015)
https://www.fao.org/input/download/standards/13304/CXS_313Re_2015.pdf - Tamang JP, Watanabe K, Holzapfel WH. Review: Diversity of Microorganisms in Global Fermented Foods and Beverages. Front Microbiol. 2016;7:377
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4805592/ - 文部科学省 食品成分データベース 豆類/だいず/[納豆類]/糸引き納豆(食品番号04046)
https://fooddb.mext.go.jp/details/details.pl?ITEM_NO=4_04046_7 - 文部科学省 食品成分データベース 豆類/だいず/[その他]/テンペ(食品番号04063)
https://fooddb.mext.go.jp/details/details.pl?ITEM_NO=04_04063_6
