日本国内で流通する塩は、海水をイオン膜で濃縮して立釜で結晶化させる工業的製法のほか、輸入天日塩を溶解・再結晶させる「溶解塩」、海藻を用いる藻塩、海水を噴霧乾燥させる沖縄の塩など、製法によって性格が大きく分かれる[2][12]。1997年に92年続いた塩専売制度が廃止されて民間の参入が自由化されて以降、製法・産地・ミネラル組成の異なる銘柄が数多く流通するようになった[1]。塩田消滅後の日本では大規模生産がイオン膜・立釜法に集約される一方、伝統製法を復元した小規模生産者が地域ブランドを形成している[1][2]。
日本の製塩史(塩田からイオン膜へ・塩専売制の廃止)
塩田時代と専売制度の確立
日本では古墳時代から製塩土器を用いた「藻塩焼き」が行われ、その後、揚浜式・入浜式の塩田が瀬戸内海沿岸を中心に広がって、赤穂や坂出が主要産地となった。1905年(明治38年)、日露戦争の軍費調達と国内塩業の保護を目的に塩の専売制度が実施され、製造・販売は国家管理下に置かれた[1]。戦後は1949年に日本専売公社が設立され、食料用塩の国内自給を目標に塩事業を担った[1]。
1971年から1972年の第4次塩業整備では、採かん工程がイオン膜方式に全面転換され、約2,200ヘクタールの塩田が廃止された。これにより製塩工程全体が装置産業化した[1]。この製法は海水中の塩分をイオンとして選択的に濃縮するため効率は高いが、にがり成分はほとんど残らない[2]。そして1997年4月、92年間続いた塩専売制度が廃止され、「塩事業法」に基づく自由な市場構造へ移行したことで、天日塩の溶解や海水の直煮といった多様な製法が事業として成立するようになった[1]。
イオン膜製塩の仕組みと現状
イオン膜・立釜法は、プラスのイオンだけを通す膜とマイナスのイオンだけを通す膜を交互に並べ、電気を通して海水中の塩分を移動させる方式である。これにより濃い塩水の部屋とうすい塩水の部屋ができ、濃い塩水から水蒸気の熱で水分を蒸発させて塩の結晶をつくる[2]。結晶化に用いるのは開放型の平釜ではなく、密閉された立釜である点が伝統製法との大きな違いになる[2]。
規模の面では、令和5年度の国内生産量は792千トン(約79万トン)、輸入は6,838千トン、需要量は7,615千トンで、国内自給率はおよそ1割にとどまる[3]。ただし需要の大半はソーダ工業用(5,859千トン)であり、食料用は生活用117千トンと食品工業用623千トンの合計740千トン(約74万トン)である[3]。専売制廃止後に小規模事業者が参入したことで、この食料用の領域に伝統製法を復元した「手作り塩」の市場が形成された。
藻塩(海藻でうま味を移す古代製法)
藻塩の歴史と製法
藻塩は、ホンダワラなどの海藻を用いて海水の塩分を濃縮し、煮詰めて結晶化させる古代製法である。『万葉集』には「朝凪に玉藻かりつつ夕凪に藻塩焼きつつ」と詠まれた歌が残り、古代の製塩技術として実在していたことがうかがえる[4]。1984年、広島県蒲刈町(現・呉市)の県民の浜造成工事中に古墳時代の製塩土器が発掘されたことを契機に「藻塩の会」が組織され、約10年の研究を経て藻塩の製法が確立、「古代の塩づくりシンポジウム」で考古学会から認定された[4]。
現代の藻塩は、1998年7月に蒲刈町と朋和商事が第三セクターとして設立した蒲刈物産株式会社が商品化した「海人の藻塩」が代表的である[4]。製法は、瀬戸内海の海水をろ過・濃縮し、乾燥させた国産ホンダワラを浸して海藻成分を抽出。濃い茶色のかん水を10個以上の平釜で6〜8時間煮詰めて結晶をつくり、遠心分離機で余分なにがりを除き、焼き釜でじっくり煎ってサラサラに仕上げる[5]。海藻由来の成分が移るため、色は淡いベージュを帯びる。
藻塩の成分と用途
メーカーの栄養成分表示によれば、「海人の藻塩」100g当たりの成分は、食塩相当量93.7g、マグネシウム1010mg、カルシウム238mg、カリウム448mgである[6]。同じ頁が比較対象として挙げる文部科学省・食品成分データベースの「食塩」は、食塩相当量99.1g、マグネシウム18mg、カルシウム22mg、カリウム100mgであり[6]、藻塩はマグネシウムやカルシウムを明確に多く含む。この組成の違いが味の丸みにつながっている。なお、これらの銘柄別の数値は各メーカーの公表値であり、文部科学省『日本食品標準成分表』には商標製品としては収載されていない。
藻塩は、焼き魚や天ぷらの仕上げ塩、おにぎりの塩として用いられる。海藻成分に由来するうま味があるとされ、素材の風味を引き立てる用途に向く[5]。にがり成分を含む塩は吸湿しやすく固まりやすいため、密閉容器での保管が望ましい。
沖縄の塩(ぬちまーす・雪塩の製法)
沖縄の塩の特徴と製法
沖縄県産の塩には、海水を噴霧して乾燥・結晶化させることでにがり成分を塩の中に残す製法が多く、ミネラル分の多さが本土の精製塩との違いになっている。代表的な銘柄は、宮古島の「雪塩」と、うるま市宮城島の「ぬちまーす」である。
雪塩は、地下22m地点から取水した地下海水を原料とし、濃縮した海水を熱した金属板の上に吹き付けて2秒間で水分を蒸発させる噴霧乾燥方式で製造される。水分が瞬時に飛ぶため、にがり成分が塩の中に閉じ込められ、粒子は細かい粉末状になる[7]。ぬちまーす(沖縄方言で「命の塩」)は「常温瞬間空中結晶製塩法」により製造され、海水を霧状にして結晶化させる方式で、21種類のミネラルを含むとされる[8]。
成分は、雪塩が100g当たりナトリウム28.6g(食塩相当量72.6g)、マグネシウム3310mg、カリウム1000mg、カルシウム832mg(2018年、日本食品分析センター調べ)[7]。ぬちまーすは100g当たり食塩相当量75.5g、マグネシウム3360mg、カリウム970mg、カルシウム700mgである[8]。いずれもマグネシウムが際立って多く、これが独特の苦味と丸みをつくる。
沖縄の塩の用途と保存
沖縄の塩は、ゴーヤチャンプルーやラフテー(豚の角煮)といった沖縄料理の味付けに用いられるほか、粒子が細かい雪塩は食材への付きがよく、仕上げや菓子にも使われる[7]。マグネシウムを多く含む塩は吸湿性が高く固まりやすいため、開封後は密閉容器に移すなどの管理が必要である[8]。
ミネラル含有量を前面に打ち出した訴求が行われることも多いが、食塩の摂り過ぎは高血圧や循環器疾患のリスクを高め、胃がんリスクの増加も報告されている。食塩相当量の目標量は18歳以上の男性7.5g/日未満、女性6.5g/日未満とされており、ミネラル補給を目的に塩を多く摂ることは推奨されない[13]。
伯方の塩・赤穂の天塩など地域ブランド
伯方の塩の製法と流通
伯方の塩は、愛媛県今治市の伯方塩業が製造する溶解塩である。原材料名は「輸入天日塩田塩(93% メキシコまたはオーストラリア)、海水(7% 日本)」で、工程は「溶解、立釜」と表示されている[9]。輸入天日塩を海水で溶かして再結晶させ、にがりをほどよく残す設計になっており、栄養成分表示は100g当たり食塩相当量95.5g、マグネシウム100〜200mg、カルシウム50〜200mg、カリウム10〜150mgである[9]。粗めの結晶で、おにぎりや漬物など食材へなじませる用途に向く[9]。
伯方の塩は、塩田廃止後に従来の日本の味の塩を求める声を背景に生まれた商品で、専売制廃止以降はスーパーマーケットでの取扱いが広がった。工業的な精製塩に近い価格帯で、にがり成分を含む塩を日常使いできる点が普及の要因になっている。
赤穂の天塩と瀬戸内海の塩
兵庫県赤穂は江戸時代から続く製塩地で、その名を冠した代表的なブランドが「赤穂の天塩」である。製法は、オーストラリアの塩田で2年をかけて太陽熱と風力により海水を濃縮して天日塩とにがりをつくり、播州赤穂で天日塩の一部を溶かして再結晶させ、元の結晶と混合して粒度を調整、最後ににがりを含ませて仕上げる「差塩製法(さしじおせいほう)」である[10]。昭和10年頃の日本の塩田でとれた塩の成分比を再現することを狙った設計で、塩化ナトリウム含有量は100g当たり92g、残りはマグネシウム、カリウム、カルシウムなどのにがり成分とされる[11]。
瀬戸内海沿岸には、坂出(香川県)、小豆島(香川県)、周防大島(山口県)など、かつての塩田地帯を背景とする塩ブランドが複数存在する。いずれも溶解塩または海水を直接煮詰める平釜塩の形態をとり、地域の観光資源と結びついた販売が行われている。以下の表に主要な地域ブランド塩の製法と特徴をまとめる。
| 銘柄 | 産地 | 工程・製法 | 食塩相当量/塩化ナトリウム(100g中) | 主な用途 |
|---|---|---|---|---|
| 伯方の塩 | 愛媛県今治市 | 溶解、立釜(天日塩93%+海水7%) | 95.5g[9] | おにぎり、漬物 |
| 赤穂の天塩 | 兵庫県赤穂市 | 差塩製法(天日塩+にがり) | 92g[11] | 調理全般 |
| 海人の藻塩 | 広島県呉市 | 藻塩(海藻浸漬+平釜) | 93.7g[6] | 焼き魚、天ぷら |
| 雪塩 | 沖縄県宮古島市 | 噴霧乾燥(地下海水) | 72.6g[7] | 沖縄料理、菓子 |
| ぬちまーす | 沖縄県うるま市 | 常温瞬間空中結晶製塩法 | 75.5g[8] | 沖縄料理、健康志向 |
日本の塩の選び方
製法別の特性と用途
塩を選ぶ際は、製法とミネラル組成を基準にする。イオン膜・立釜法による精製塩はNaCl純度が高く[14]、日常の調理全般に適する[2]。価格が安いことも日常使いされる理由に挙げられる。溶解塩は天日塩由来のミネラルとにがりを含み、食材へなじませる用途に向く[9]。海水を平釜で直接煮詰める塩はにがり成分が多く残り、素材の味を立てたい調理に用いられる。
藻塩は海藻成分に由来する風味があるため、仕上げ塩として使う[5]。沖縄の塩はマグネシウムが多く苦味を伴うため、料理には少量ずつ加えるのが扱いやすい[7][8]。以下に、用途別の推奨製法を示す。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 日常の調理全般 | イオン膜・立釜法の精製塩 |
| おにぎり・漬物 | 溶解塩(伯方の塩、赤穂の天塩など) |
| 焼き魚・天ぷらの仕上げ | 藻塩 |
| 沖縄料理・菓子 | 雪塩、ぬちまーす |
| 素材の味を立てたい調理 | 平釜塩(にがり成分が多い) |
成分表示の読み方と保存方法
食用塩には、食用塩公正取引協議会の「食用塩の表示に関する公正競争規約」に基づく表示ルールがある。製造方法は必須表示項目で、決められた17種類の用語を用いて工程順に記載される[12]。「イオン膜」「溶解」「立釜」「平釜」「噴霧乾燥」といった表記を追えば、その塩がどう作られたかを把握できる。原材料は原産地名がカッコ書きで添えられ、複数原料の場合は塩化ナトリウム分のうち何%がどの原料に由来するかまで示される[12]。伯方の塩の「輸入天日塩田塩(93% メキシコまたはオーストラリア)、海水(7% 日本)」という表示は、この規約に沿った書き方の典型例である[9]。
栄養成分表示では、ナトリウム量から食塩相当量が計算できる(食塩相当量=ナトリウム量×2.54)。雪塩の表示がナトリウム28.6g・食塩相当量72.6gとなっているのはこの換算による[7]。保存については、精製塩は乾燥しているため常温で問題ないが、にがり成分を多く含む藻塩や沖縄の塩は吸湿しやすいため、密閉容器に入れて保管する[8]。
結論
日本の塩は、1997年の専売制廃止を契機に、製法・産地・ミネラル組成の多様化が進んだ[1]。大量生産はイオン膜・立釜法に集約される一方[2]、藻塩や沖縄の噴霧乾燥塩、溶解塩といった製法が地域資源と結びつき、差別化された市場を形成している。製法の違いは食塩相当量とミネラル組成に直接反映され、藻塩の93.7g[6]から雪塩の72.6g[7]まで、同じ「塩」でも組成の幅は大きい。
家庭で塩を選ぶ際は、日常の調理には精製塩、素材の風味を生かす仕上げには藻塩、おにぎりや漬物には溶解塩といった使い分けが実用的である。公正競争規約に基づく工程表示と栄養成分表示を確認し、保存方法に注意すれば、多様な塩を使い分ける楽しみが広がる[12]。
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参考文献
- 塩の制度の歴史|塩百科(公益財団法人塩事業センター)
https://www.shiojigyo.com/siohyakka/number/history.html - イオン膜・立釜法|塩百科(公益財団法人塩事業センター)
https://www.shiojigyo.com/siohyakka/made/ion.html - 令和5年度塩需給実績(財務省)
https://www.mof.go.jp/policy/tab_salt/reference/salt_result/st_zisseki20240628.html - 藻塩物語-万葉集をもとに蘇った伝承の塩-(蒲刈物産株式会社)
https://www.moshio.co.jp/story/ - こだわりの製法と製塩工場『海人の館』(蒲刈物産株式会社)
https://www.moshio.co.jp/shop/factory/ - 海人の藻塩とは?藻塩のQ&A(栄養成分表示・蒲刈物産株式会社)
https://www.moshio.co.jp/first/qa/ - 海水の成分を残すことにこだわった塩「宮古島の雪塩」(株式会社パラダイスプラン)
https://www.yukishio.com/kodawari/ - 沖縄の海塩 ぬちまーす250g(ぬちまーす公式通販ショップ)
https://www.nutima-su.com/SHOP/1001.html - 伯方の塩(伯方塩業株式会社)
https://www.hakatanoshio.co.jp/products/伯方の塩/ - 「赤穂の天塩」の製法(株式会社天塩)
https://www.amashio.co.jp/akoamashio/method/ - 「赤穂の天塩」Q&A(株式会社天塩)
https://www.amashio.co.jp/akoamashio/deep/ - 規約解説(食用塩公正取引協議会)
https://www.salt-fair.jp/explain/ - ナトリウム|健康日本21アクション支援システム(厚生労働省)
https://kennet.mhlw.go.jp/information/information/dictionary/food/ye-024.html - 食用塩の品質について|塩百科(公益財団法人塩事業センター)(食用塩の品質規格はNaCl純度97%以上。世界の食用塩は高純度で低水分の塩が主流)
https://www.shiojigyo.com/siohyakka/select/quality-shape-shokuyoen.html
