「天然醸造」は醤油のイメージ語ではなく、しょうゆの表示に関する公正競争規約第5条第3号が掲げ、その使用条件を同規約の施行規則が定める用語である[1]。要件は、本醸造方式によること、セルラーゼ等の酵素により醸造を促進したものでないこと、食品衛生法施行規則別表第1に掲げる添加物を使用していないことの三つで、これを満たさない商品はラベルにこの語を表示できない。家庭で醤油を選ぶとき、この条文の有無が表示の信頼性を見分ける手がかりになる。
- 「天然醸造」は、醤油業界の自主ルール(公正競争規約)が使用条件を定めた表示用語で、満たさない商品は表示できない。
- 条件は三つ。本醸造方式(原料を発酵・熟成させる造り方)であること、酵素で醸造を促進しないこと、定められた添加物を使わないことだ。
- 「天然醸造」は用語の使用可否の線引きで品質の優劣の保証ではなく、「特級」などの語は別の制度の表示である可能性がある。
この記事は「「醤(ひしお・ジャン)」とは何か|東アジア調味料の母体を知る」の各論です。
「天然醸造」は雰囲気ではなく規約上の用語である
表示用語としての位置づけ
「天然醸造」という語を見て、木桶でゆっくり作られた昔ながらの醤油を連想する読者は多いはずである。だが、この語の使用を実際に線引きしているのは連想やイメージではなく、醤油業界の公正競争規約という文書である。しょうゆの表示に関する公正競争規約及び施行規則は、醤油業中央公正取引協議会が定めるもので、規約の第5条にいくつかの表示用語をまとめて列挙し、その使用条件は同規約の施行規則の側に置くという二層の建てつけをとっている[1]。「天然醸造」は規約第5条第3号に掲げられた用語であり、同じ第5条の中には「蔵」「仕込み桶」、そして「長期熟成」やそれに類する「熟」といった用語も並んでいる[1]。つまり「天然醸造」は単独の慣習語ではなく、複数の表示用語が同じ条文の枠組みの中で管理されている、その一員である。
「天然」「自然」は、原則として使えない語である
同じ第5条には、もう一つ効いてくる号がある。施行規則は、規約第5条第13号に掲げる「天然」、「自然」の用語について、規約第5条第3号に規定する「天然醸造」の用語を除き、表示することはできない、と定めている[1]。
順序を取り違えないようにしたい。まず「天然」「自然」という語そのものが禁じられていて、そのうえで「天然醸造」だけが例外として抜かれている、という構えである[1]。だから、しょうゆのラベルに「天然」の二文字を見つけたとき、それが単独で使われているのであれば、規約の枠内では説明がつかない表示ということになる。「天然醸造」という四文字の形をとっていて初めて、条件を満たせば使える語になる。
ここで注意したいのは、この規定が何を保証しているかである。第13号が定めているのは用語を使ってよいかどうかであって、「天然醸造」と書かれた製品の品質が他より優れていることを保証するものではない[1]。例外として認められているという事実と、優良性のお墨付きとは別の話である。規約が用語の使用可否を線引きしているのは、根拠のない言葉づかいで買い手が誤認することを防ぐためであって、等級を付けるためではない。
誰が定めているか
公正競争規約は、業界団体が自主的に運用する表示ルールであり、行政の法令そのものとは別の位置づけを持つ文書である。ただし後述する通り、この規約は用語の定義において政府の食品表示基準(府令)と接点を持っており、業界だけで完結した独自基準ではない。ラベルに「天然醸造」と書く事業者は、少なくともこの規約が定める条件を満たしていることを前提にしていると読むのが妥当である。世界の調味料を家庭のキッチンで扱う読者にとって、この一語が持つ意味は、単なる懐かしさの演出ではなく、条文上の約束事に近い。
「天然醸造」という三文字を初めて条文の側から眺めると、家庭で漠然と抱いていた「昔ながら」のイメージと、規約が実際に線引きしている範囲との間に少し距離があると分かる。この距離を知っておくと、ラベルの言葉を鵜呑みにせず、条件の中身まで確かめる読み方ができるようになる。
規約第5条第3号の「天然醸造」に施行規則が課す三つの条件
本醸造方式であること
規約第5条第3号に掲げる「天然醸造」の用語について、施行規則(3)が「本醸造方式によるものであって」という条件を明記している[1]。本醸造方式とは、食品表示基準の別表における定義によれば、大豆や小麦などの原料を発酵させ、熟成させて得られる清澄な液体調味料を指す区分であり、この語自体は食品表示基準の別表第四及び別表第二十二のしょうゆの項で使われる用語として定義されている[2]。同じ府令には、もろみにアミノ酸液・酵素分解調味液・発酵分解調味液を加えて発酵・熟成させる「混合醸造方式によるもの」という区分も並んで示されている[2]。この二つの方式のどちらであるかは、原料をどう分解し熟成させるかという工程の違いによって分かれる区分であり、天然醸造を名乗るためにはこのうち本醸造方式に該当している必要がある[1]。
セルラーゼ等の酵素の扱いをめぐる制限
施行規則(3)は、本醸造方式であることに続けて「セルラーゼ等の酵素により醸造を促進したものでなく」という条件を置き、さらに「食品衛生法施行規則別表第1に掲げる添加物を使用していないもの」という条件を重ねている[1]。つまり課されているのは工程の条件が二つと、添加物の条件が一つの、合わせて三つである。一方で食品表示基準側の本醸造方式の定義を見ると、「セルラーゼ等の酵素(たんぱく質分解酵素にあっては、しろしょうゆのたんぱく質を主成分とする物質による混濁を防止する目的で生揚げの加熱処理時に使用されるものに限る。)を補助的に使用したものを含む」という括弧書きがあり、本醸造方式そのものには一定の酵素の補助的な使用が織り込まれている[2]。この二つを重ねて読むと、天然醸造という語には、本醸造方式が許容する範囲を超えて酵素を用いて醸造工程を人為的に促進していないという追加の条件が上乗せされていると読み取るのが自然だが、その境界線の細部までは言い切らない。
酵素の扱いという、家庭では意識しにくい工程の話が条文に出てくると、天然醸造という語の重みが少し変わって見える。この一文だけでも、「天然」という語が感覚的な形容ではなく、酵素の使い方という具体的な工程条件に紐づいていると分かる。
規約と食品表示基準(府令)の二層関係
「本醸造方式によるもの」という共通の定義語
「天然醸造」の条件を確かめるうえで見落とされやすいのが、規約の条文の中に出てくる「本醸造方式によるもの」という語そのものが、業界規約の独自発明ではなく、食品表示基準(平成27年内閣府令第10号)という政府の府令の別表で定義されている用語だという点である[2]。食品表示基準には、この語を「以下別表第四及び別表第二十二のしょうゆの項において『本醸造方式によるもの』という」と明記する一文があり、これが政令上の略称定義であることが分かる[2]。規約側の条文はこの略称をそのまま用いて「天然醸造」の要件を組み立てており、規約が独自に「本醸造方式」の中身を再定義しているわけではない[1]。
どちらの文書を引用するかで逐語を揃える
この二層構造を扱う際に注意すべきなのは、「本醸造方式によるもの」という定義そのものは食品表示基準(府令)にあり、「天然醸造」という用語の使用条件そのものは公正競争規約にあるという、出典の役割の違いである。この記事で参照した範囲では、規約の条文が府令の具体的な条項番号(例えば別表の号番号)を名指しして引用している箇所までは確認できておらず、確認できるのは両文書に共通して同じ略称「本醸造方式によるもの」が使われているという事実である[1][2]。したがって本文中で「本醸造方式」の中身を説明するときは食品表示基準[2]を、「天然醸造」という用語の使用条件を説明するときは公正競争規約[1]を、それぞれ出典として区別して引用するのが正確な書き方になる。
「長期熟成」と「○年」表示のルール
もろみ熟成期間1年以上という条件
「天然醸造」と並んで規約第5条に置かれているのが、「熟」や「長期熟成」である旨の用語である。規約によれば、この用語は、こいくちしょうゆ、たまりしょうゆ、さいしこみしょうゆのうち、それぞれ本醸造方式によるものであって、もろみ熟成期間が1年以上のしょうゆについて使用できるとされている[1]。もろみとは、しょうゆの原料を発酵・熟成させる過程でできる半液状の仕込み物を指す語であり、この熟成期間の長さが「熟」「長期熟成」という語の使用可否を左右する。
天然醸造との併記の可否
さらに規約は、「熟」「長期熟成」の用語を使う場合、その用語に近接して醸造期間を「○年」(年未満切捨て)という形で表示することを求めている[1]。つまり「長期熟成」とだけ書いて済ませることはできず、具体的な年数表示とセットで初めて認められる用語だということになる。この「○年」表示のルールと、「天然醸造」の要件(本醸造方式であること、酵素の扱いに関する制限)は、同じ規約の中に並んで置かれてはいるものの、それぞれ別の号に規定された別々の条件であり、片方を満たせばもう片方も自動的に満たされるという関係にはない[1]。ラベルに「天然醸造」と「長期熟成○年」が両方書かれている商品を見た場合、それぞれの語がそれぞれの条件をクリアして初めて表示されていると理解するのが規約の建てつけに沿った読み方である。
「特級」「超特選」は農林規格の格付という別の系統
日本農林規格(JAS)の格付制度の枠組み
醤油のパッケージには「特級」「超特選」といった等級を思わせる語が使われることがあるが、これらは公正競争規約が定める「天然醸造」とは別の制度に属している可能性がある。日本農林規格等に関する法律(JAS法)第10条は、農林物資について、あらかじめ登録認証機関の認証を受けたうえで日本農林規格による格付を行い、格付をしたことを示す特別な表示を付することができる、という格付制度の手続きを定めている[3]。ここで確認できるのは、格付表示が登録認証機関の認証を前提とした別建ての制度だという枠組みの部分であり、しょうゆに関する具体的な等級名称や、その等級ごとの数値基準そのものは、この記事で参照した範囲では確認できていない。
天然醸造の基準と重ならない理由
したがって「特級」「超特選」のような語が仮にJAS規格上の等級区分に基づくものだとしても、その基準の中身と、公正競争規約第5条第3号が掲げ施行規則(3)が条件を定める「天然醸造」の要件(本醸造方式であること、酵素の扱いに関する制限)とは、条文上の系統がそもそも異なる[1][3]。等級表示は認証機関による格付の手続きに関わる話であり、天然醸造の表示は業界の公正競争規約が定める製法・工程に関する話である。丸大豆使用の有無や等級表示の詳しい読み方は、この記事で扱った一次資料の範囲を超えるため、ここでは天然醸造の条件と混同しないという線引きの確認にとどめる。この記事が扱うのは「天然醸造」という一語の使用条件そのものであり、等級・丸大豆・用途まで含めた醤油の選び方の全体像は、ラベルの各表示を横断して比べる別記事の側にある。
等級らしき言葉と天然醸造という言葉が同じラベルに並んでいると、つい両方を一つの「高級さ」の指標として受け取ってしまいがちである。実際には出所の異なる二つの制度がたまたま同じ商品の同じラベルに載っているだけなので、片方の言葉から他方の基準を推測しないようにしたい。
ラベルで実際に確認する項目
表示の文言そのものをチェックする
ここまでの条件を踏まえると、店頭や輸入食材店でラベルを確認する際に見るべき点は、感覚的な「昔ながら」の雰囲気ではなく、具体的な語の組み合わせになる。
- 「天然醸造」の文字が単独で書かれているか、それとも「本醸造」など製法区分を示す語と併記されているか
- 「長期熟成」や「熟」の語がある場合、その近くに「○年」という具体的な年数表示があるか[1]
- 「蔵」「仕込み桶」「木桶」といった語が使われている場合、それが企業の呼称する施設や、もろみ工程を行った桶の種類を指しているか[1]
- 「特級」「超特選」のような等級らしき語がある場合、それを天然醸造の条件と同一視せず、別の制度に基づく表示である可能性を念頭に置くこと[3]
併記されている用語の意味を確認する
食品表示基準の別表が示す製法区分を整理すると、しょうゆの分類は少なくとも次の二つに分かれる。
- 本醸造方式によるもの:大豆・小麦等の原料を発酵させ、熟成させて得られる清澄な液体調味料で、セルラーゼ等の酵素を補助的に使用したものを含む区分[2]
- 混合醸造方式によるもの:もろみにアミノ酸液、酵素分解調味液、または発酵分解調味液を加えて発酵・熟成させて得られる清澄な液体調味料の区分[2]
条文にはこのほかにも両者を組み合わせた方式が続けて記載されているが、その具体的な内容までは本記事で参照した範囲では確認できていない。「天然醸造」を名乗れるのはこのうち本醸造方式に該当するものに限られるため、ラベルの原材料表示や製法表示と併せて、どちらの区分に属する商品なのかを確認する読み方が実用的である。
以下は、この記事で確認できた用語ごとの要件を整理した一覧である。
| 用語 | 求められる要件(規約・法令の要旨) | 出典 |
|---|---|---|
| 天然醸造 | 本醸造方式によるものであること/セルラーゼ等の酵素の扱いに関する制限 | [1] |
| 熟・長期熟成 | こいくち・たまり・さいしこみのいずれかで本醸造方式によるものであって、もろみ熟成期間が1年以上/「○年」(年未満切捨て)を近接表示 | [1] |
| 蔵 | 当該企業が通常「○○蔵」と称する施設でもろみ工程を行ったもの | [1] |
| 仕込み桶・木桶 | もろみ工程を仕込み桶(木桶の場合は「木桶」)で行ったもの | [1] |
| 特級・超特選 | 本記事の一次資料からは基準を確認できず、JAS法上の登録認証機関による格付・認証の枠組み(第10条)で判断される事項 | [3] |
結論
「天然醸造」は、公正競争規約第5条第3号が用語として掲げ、その使用条件を施行規則(3)が定めるという具体的な条文に紐づいた表示用語であり、本醸造方式によることと、セルラーゼ等の酵素の扱いに関する制限という二つの柱で組み立てられている[1]。この本醸造方式という語自体は業界の発明ではなく、食品表示基準(府令)の別表で定義された用語を規約側がそのまま用いている点も、条文を照合すると見えてくる[1][2]。「長期熟成」や「蔵」「仕込み桶」といった隣接する用語、そして系統の異なる「特級」「超特選」のような等級表示までを一つのラベルの上で同列に眺めてしまうと、それぞれの語が実際には別の制度・別の条件に基づいていることを見落としやすい。家庭で醤油を選ぶ際は、ラベルの「天然醸造」という言葉そのものよりも、その近くにどんな語が併記されているか、そしてその併記が規約の求める形(近接した年数表示や、施設・桶の名称の明示など)になっているかを一つずつ確認する読み方が、条文の建てつけに沿っている。
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参考文献
- しょうゆの表示に関する公正競争規約及び施行規則(醤油業中央公正取引協議会)
https://www.soysauce.or.jp/kousei/hyouji-H31.pdf - 食品表示基準(平成27年内閣府令第10号)— しょうゆの定義(別表)
https://laws.e-gov.go.jp/law/427M60000002010 - 日本農林規格等に関する法律 — 格付と格付の表示(第10条)
https://laws.e-gov.go.jp/law/325AC0000000175
