ニョクマム図鑑|フーコック島のEU保護原産地呼称(PDO)と伝統製法

ニョクマム図鑑|フーコック島のEU保護原産地呼称(PDO)と伝統製法

ニョクマム(Nước mắm)はベトナムの魚醤で、カタクチイワシを塩漬けし木桶で熟成させた発酵調味料である。なかでもフーコック島産のものは2012年にEUの保護原産地呼称(PDO)に登録されており[1][3]、同島で伝統製法により生産されたものだけがこの名称を名乗れる。この制度はパルマハムやシャンパーニュと同じ枠組みで、生産全工程が特定地域で行われることを要件とする[2]。ベトナム料理の味の土台を成す調味料だが、輸入食材店で複数の銘柄を目にしたとき、等級表示や産地の違いが何を意味するのか分かりにくい。

この記事の結論
  • ニョクマムは主にカタクチイワシを塩漬けにして発酵・熟成させるベトナムの魚醤で、伝統製法では木桶を使う。
  • フーコック島産は2012年にEUの保護原産地呼称に登録され、欧州市場では同島で伝統製法により作られたものだけが名乗れる。
  • ラベルの「40」などの度数は1リットルあたりの窒素のグラム数で、高いほど一番搾りに近く、たんぱく質の量そのものではない。
フーコックのニョクマムとPDOベトナム・フーコック島のニョクマムがEUの保護原産地呼称PDOに登録されていることと、船上での塩漬けから木桶での長期熟成、一番搾り「ニー」までの伝統製法を示した図。流れフーコックのニョクマムとPDOEUの保護原産地呼称(PDO)。木桶で熟成し、一番搾り「ニー」が最上級。01カタクチイワシを漁獲後すぐ船上で塩漬け02大きな木桶(thùng)で12か月以上熟成03発酵後に最初に抜く液=一番搾り「ニー」PDO保護原産地呼称(Protected Designation of Origin)。フーコック島産のニョクマムは、EUに原産地名として登録・保護される。「フーコック産」を名乗れるのは、島で定められた製法で造ったものだけ。出典: EU官報に載った Phú Quốc(ヌクマム)PDO の単一文書/EU規則1151/2012(農産物・食品の品質スキーム)図解:ajimuse.com等級の見方(窒素の度数が高いほど上級)フーコックのニョクマムの等級を、一番搾り「ニー」と再抽出・調整タイプの2段で示した図。段階等級の見方(窒素の度数が高いほど上級)窒素(うま味)の濃さ=「度(độ đạm)」で等級表示01ニー(一番搾り)=高度数・最上級02再抽出・調整タイプ=度数が下がる一般品使いみちナンプラーと同じカタクチイワシの魚醤。生春巻きのタレなどに合う。出典: EU官報に載った Phú Quốc(ヌクマム)PDO の単一文書/EU規則1151/2012(農産物・食品の品質スキーム)図解:ajimuse.com

この記事は「世界の魚醤 完全ガイド|ナンプラーからガルムまで、国際規格で読む」の各論です。

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目次

ニョクマムとは――ベトナムの魚醤

ニョクマムは東南アジア全域で使われる魚醤の一種で、ベトナム語で「魚(cá)の水(nước)」を意味する。カタクチイワシ(cá cơm)を主原料とし、塩と魚を層状に重ねて木桶に詰め、数か月から数年かけて発酵・熟成させる。微生物の働きで魚のタンパク質がアミノ酸に分解され、グルタミン酸を中心としたうま味成分が生まれる。この製法は日本の醤油や味噌と同じく醸造発酵に分類される。

タイのナンプラー、フィリピンのパティス、日本のしょっつるも同系統の魚醤だが、ニョクマムは使用する魚種と熟成期間の長さで区別される。カタクチイワシの脂質含有量が低く、長期熟成に向く点が特徴である。ベトナム国内では南部のフーコック島が産地として知られ、同島産は濃い赤褐色を呈する[1]。

家庭では炒め物や煮込みの塩味付け、生春巻きのつけダレ(ヌックチャム:ニョクマムに砂糖・ライム・唐辛子を加えたもの)に用いる。調理中に加熱すると魚臭さが和らぎ、うま味だけが残る。日本の醤油と同様に、料理の最後に回しかけるのではなく、調理の途中で加えて味を馴染ませる使い方が一般的である。

魚醤の分類と製法の違い

ニョクマムは、魚を丸ごと塩漬けして自己消化酵素と微生物の力で液化させる魚醤である。

塩にも決まりがある。フーコック産についてベトナム水産省が定めた規定は、塩を海塩(muối biển)とし、産地を本土の伝統的な塩どころ(バリア=ブンタウ省、ファンティエット)に限り、仕込みの前に60日以上寝かせることを求めている[6]。魚と塩の割合も、重さで魚2.5〜3に対して塩1と決まっている[6]。

製法の要素伝統型(フーコック)工業型
原料魚カタクチイワシ(生鮮)冷凍魚・混合魚種
塩海塩(産地の指定あり)精製塩
容器木桶ステンレスタンク

木桶は内壁に微生物が棲みつき、世代を超えて発酵を安定させる役割を果たす。ステンレスタンクは衛生管理がしやすく大量生産に向くが、木桶特有の香気成分(バニリンやフェノール類)は生まれにくい。

フーコック産のEU PDO登録――欧州で保護される製法

ベトナム・フーコック島のニョクマムは、EUの保護原産地呼称(PDO: Protected Designation of Origin)に登録されている。登録は2012年10月の実施規則(EU)928/2012によるもので、当時の根拠は理事会規則(EC)510/2006だった[3]。この制度はパルマハム(イタリア)、ロックフォールチーズ(フランス)、シャンパーニュ(フランス)などと同じ枠組みで、生産・加工・調製の全工程が特定地域で行われることを要件とする[2]。対して保護地理的表示(PGI: Protected Geographical Indication)は少なくとも一工程が当該地域で行われれば認められる[2]。フーコック産ニョクマムはより厳格なPDOを取得している点で、製法と産地の結びつきが強いと評価されている。

EU eAmbrosiaのデータベースには「Phú Quốc」(フーコックのベトナム語表記)としてニョクマムが登録されており[1]、同島で伝統製法により生産されたものだけがこの名称を名乗れる[1]。登録の仕様には、原料魚の種類(カタクチイワシ)、漁獲直後に船上で塩を加えること、木桶で12〜15か月かけて自然発酵させることが含まれる[1]。EU市場への輸出時には、この登録が品質保証の役割を果たし、模倣品との差別化を可能にしている。

フーコック島はベトナム最南端、タイランド湾に浮かぶ島で、面積は約570平方キロメートル[5]。年間を通じて高温多湿で、魚醤の発酵に適した気候が続く。登録の文書によれば、島の人々は大きな木桶を暗い倉庫に置き、およそ1年かけて発酵させる[1]。EU PDO登録により、島外で製造された製品が「フーコック産」を名乗ることは欧州市場では認められなくなった。

PDOとPGIの違い

PDOとPGIはいずれもEUの地理的表示制度で、要件の厳格さが異なる[2]。この枠組みを定めていた規則1151/2012は、2024年に規則(EU)2024/1143へ引き継がれて廃止された[4]。PDOは原料の調達から製造・熟成まで全工程を指定地域内で完結させる必要がある[2]。PGIは原料の一部を域外から調達してもよく、少なくとも一工程(例えば熟成のみ)が当該地域で行われれば登録できる[2]。この差は製品の個性が地域の風土とどれだけ不可分かを反映している。

フーコック産ニョクマムのPDOでは、原料魚はキエンザン省・カマウ省の領海(タイランド湾)で獲れたカタクチイワシに限定され、木桶での発酵から瓶詰めまでが島内で行われる[1]。

木桶熟成の伝統製法

フーコック島の伝統製法では、島に生える樹木で作った円筒形の木桶を用いる[1]。漁獲直後に船上で塩を加えたカタクチイワシを、陸揚げ後に木桶へ移し、桶の中で12〜15か月かけて自然発酵させる[1]。発酵が終わると桶から液を抜き、桶へ注ぎ戻す作業を、液が澄んで濁りがなくなるまで繰り返したうえで、一番搾り(nước mắm nhỉ)を抜き取る[1]。

木桶の内壁には酵母や乳酸菌が棲みつき、世代を超えて発酵を安定させる。新しい桶を使う場合は、最初の数回は風味が安定せず、3〜5年使い込んでようやく「育った桶」と呼ばれる状態になる。このため老舗の工場では桶を代替わりさせながら使い続ける。木材由来のバニリンやリグニン分解物が微量に溶け出し、ステンレスタンクでは得られない香気成分を生む。登録の文書は、この桶を島に生える樹齢数百年の木(現地名 ho phat・chay・boi loi・den den)で作ると定め、虫やシロアリに侵されず、塩水に長くさらされても持ちこたえることを理由に挙げる[1]。

熟成中の温度管理は自然任せである。フーコック島は年間を通じて気温が高く安定しており(平均約27.5度)、これが発酵に適した条件になる[1]。ベトナム水産省の規定も、発酵は屋根のある建物の中で、自然のままの条件で行うとしている[6]。

一番搾りと二番搾り

熟成後、桶の底部に設けた栓を開けて最初に流れ出る液体が一番搾り(nước mắm nhỉ、またはnước mắm cốt)である。濁りがなく澄んでおり、窒素の濃度が最も高い[1]。

一番搾りを抜いた後の桶に飽和食塩水を注ぎ、複数の桶を順に通して抜き取ったものが二番搾り以降の液である[1]。窒素の濃度は一番搾りより低い[1]。フーコックでは、瓶詰めの際に一番搾りとこれらの液を混ぜ合わせ、表示する窒素の濃度に調整する[1]。

区分内容窒素の濃度
一番搾り(Nước mắm nhỉ / cốt)発酵を終えた桶から最初に抜く液最も高い
二番搾り以降一番搾りを抜いた桶に飽和食塩水を通して得る液一番搾りより低い
調整品一番搾りと二番搾り以降の液を混ぜて濃度をそろえた製品混ぜる割合で決まる

市販のボトルには「40度」「30度」といった数値が表示されることがある。これは1リットルあたりの窒素の量(グラム)を示す数値で、高いほど窒素分が濃い。フーコックのPDOの仕様では、等級ごとの窒素の値が40・35・30・25・20グラム/リットルの5段階で、一番搾りは最大43グラム/リットル、二番搾り以降の液は最低20グラム/リットルとされている[1]。40より低い等級は、一番搾りと二番搾り以降の液を混ぜて調整する[1]。

等級(ニー=一番搾り)の見方

等級で見るニョクマムの濃さニョクマムの二番搾り以降・調整品・ニー(一番搾り)を、度数の低いほうから高いほうへ1本の軸に並べた図。段階等級で見るニョクマムの濃さ一番搾りほど窒素の度数が高く、混ぜるほど下がる。度数が低い度数が高い二番搾り以降再抽出調整品混ぜて度数をそろえるニー(一番搾り)高度数出典: EU官報に載った Phú Quốc(ヌクマム)PDO の単一文書に基づきAJIMUSE Lab が整理。図解:ajimuse.com

ニョクマムの等級は、主に窒素の濃度と抽出の順番で決まる。ボトルのラベルに「Nước mắm nhỉ」または「Nước mắm cốt」と書かれていれば一番搾りである。英語表記では「First press」「Extra virgin」と訳されることもあるが、後者はオリーブオイルの用語を借りたもので、厳密な定義はない。購入時に確認すべきは次の三点である。

第一に、原材料表記。「Cá cơm(カタクチイワシ)、muối biển(海塩)」のみで、添加物や糖類が含まれていなければ伝統製法に近い。砂糖や増粘剤が入っている製品は、つけダレ用に調整済みのもので、調理用には向かない。第二に、産地表記。「Phú Quốc」の記載があればEU PDO登録製品の可能性が高い。第三に、窒素の度数(Độ đạm)。数値が高いほど一番搾りに近い。栄養成分表示のたんぱく質量は度数そのものではないので、等級は度数の表示で見る。

色も目安になる。一番搾りは透明度が高く、光にかざすと琥珀色に輝く。二番搾りはやや濁り、茶褐色が強い。ただし熟成年数が長いと一番搾りでも濃色になるため、色だけで等級を断定するのは難しい。開栓後の香りは、一番搾りなら魚臭さより先にうま味の甘い香りが立つ。二番搾りは塩気と魚の生臭さが前面に出る。

ラベル表示の読み方

ベトナム語のラベルには次のような表記が見られる。

項目内容
Nước mắm truyền thống伝統製法
Nước mắm Phú Quốcフーコック産
Nước mắm tự nhiên天然発酵(化学調味料無添加)
Độ đạm窒素度数(タンパク質含有量の目安)

「Độ đạm 40°N」は窒素含有量40グラム/リットルを意味する(たんぱく質の量そのものではない)。この数値が高いほど一番搾りに近い。

輸入品の場合、日本の食品表示法に基づく栄養成分表示が追加される。塩分相当量も確認できるため、料理の塩加減を調整する際に役立つ。

保存と使い分け

ニョクマムは開栓後も常温保存が可能だが、直射日光を避け冷暗所に置くと風味が長持ちする。一番搾りは生食用ダレ(ヌックチャム)に使い、加熱調理には二番搾りを使うのが経済的である。一番搾りを加熱すると香気成分が飛び、せっかくのうま味が減る。炒め物や煮込みには二番搾りで十分塩味とうま味が出る。

開栓後数か月経つと、液面に白い結晶が浮くことがある。これはアミノ酸や塩分が析出したもので、品質劣化ではない。スプーンで取り除くか、そのまま使っても問題ない。逆に、液体が濁ったり異臭がしたりする場合は、保存状態が悪く微生物が繁殖した可能性があるため、使用を避ける。

結論

ニョクマムはベトナムの魚醤であり、フーコック島産のものは2012年にEUのPDOに登録され[1][3]、生産全工程が同島で行われる伝統製法が保護されている[2]。木桶で12〜15か月発酵させて抜く一番搾りは[1]、窒素の濃度が最も高く、濁りのない澄んだ液とうま味の深さで区別される。等級は「Nước mắm nhỉ」の表記と窒素の度数(Độ đạm)で判断でき、生食用ダレには一番搾り、加熱調理には二番搾りを使い分けると風味と経済性を両立できる。

輸入食材店で複数の銘柄を目にしたとき、産地表記「Phú Quốc」と原材料「Cá cơm、muối biển」の組み合わせが伝統製法の目印になる。PDO登録製品はEU市場での品質保証を受けているため、模倣品との差別化が図られている。ラベルに窒素の度数(Độ đạm)の表示があれば、等級の見当がつく。一番搾りを一本常備しておけば、生春巻きのつけダレや刺身の醤油代わりに使え、ベトナム料理以外の和食・中華にも応用できる。

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参考文献

  1. EU官報: Phú Quốc(ヌクマム)PDO 登録申請の単一文書(2012/C 1/05、OJ C 1, 4.1.2012, p. 12)
    https://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=OJ:C:2012:001:0012:0016:EN:PDF
  2. EU規則1151/2012(農産物・食品の品質スキーム)
    https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:32012R1151
  3. Commission Implementing Regulation (EU) No 928/2012(Phú Quốc を PDO として登録・2012年10月8日)
    https://eur-lex.europa.eu/eli/reg_impl/2012/928/oj
  4. Regulation (EU) 2024/1143(地理的表示の現行規則。規則1151/2012を廃止)
    https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2024/1143/oj
  5. フーコック特区 公式サイト「Tổng quan về Phú Quốc」(島の面積を 567 km²・573 km² と記載)
    https://phuquoc.angiang.gov.vn/tong-quan-ve-phu-quoc-0
  6. ベトナム水産省 決定 18/2005/QĐ-BTS「フーコックの原産地名称を付けるヌクマムの生産に関する暫定規定」(2005年5月16日。第3条 塩、第4条 桶、第6条 製法)
    https://moit.gov.vn/van-ban-phap-luat/van-ban-phap-quy/-quyet-dinh-cua-bo-thuy-san-ve-viec-ban-hanh-quy-dinh-tam-th.html

この記事を書いた人

AJIMUSE Lab は、世界の調味料メディア AJIMUSE をつくっている編集ラボです。Codex(国際食品規格)、EU の規則と原産地呼称の登録簿、国際オリーブ理事会の規格、日本の JAS 規格と食品成分表、米国農務省やインド香辛料庁の資料、査読論文——本国の規格や公的機関の資料を中心に、一次資料を原典で読むことを出発点にしています。現地の言葉で書かれた規格や資料の読み解きと下書きにはAIを使い、数字や固有名詞は人が出典に当たり直して、裏が取れないものは落としてから公開します。編集方針と記事のつくりかたは運営者情報にまとめています。

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