バター・ギー・ラード|動物性油脂の風味と加熱特性

バター・ギー・ラード|動物性油脂の風味と加熱特性

バターとギーの最大の違いは水分と乳固形分の有無にある。日本の乳等省令はバターを乳脂肪分80.0%以上・水分17.0%以下と定めるのに対し[2]、インドのFSSAI規格はギーを乳脂肪分99.5%以上・水分0.5%以下と定め、水分と乳固形分(無脂乳固形分)をほぼ完全に除去した製品として規定している[4]。この製法の差が、常温保存の可否・加熱調理への適性・風味の持続性を決定づける。

動物性油脂は乳由来と体脂肪由来に大別され、前者はバターとギー、後者はラード(豚脂)とヘット(牛脂)が代表的である。乳脂肪は短鎖・中鎖脂肪酸を多く含み独特の芳香を生むのに対し、体脂肪由来はパルミチン酸・ステアリン酸と18:1(オレイン酸)といった炭素数16〜18の長鎖脂肪酸が大半を占め、短鎖脂肪酸をほとんど含まないため常温では固形を保ちやすい[1]。発酵バターと無塩バターの使い分け、ギーがインド料理で多用される理由、ラードが中華料理の炒め物に不可欠とされる背景には、それぞれの脂肪酸組成と加熱特性が深く関わっている。各油脂の製法・成分・用途を一次情報に基づいて整理し、家庭での使い分けと保存法を具体的に示す。

目次

動物性油脂とは——乳脂肪と体脂肪の違い

動物性油脂は原料となる組織によって乳脂肪(milk fat)と体脂肪(body fat / adipose tissue)に分けられる。乳脂肪はウシなどの乳に含まれる脂肪球を練圧して集めたもので、乳等省令もバターを「生乳、牛乳、特別牛乳又は生水牛乳から得られた脂肪粒を練圧したもの」と定義している[2]。一方、体脂肪は家畜の皮下や内臓周囲に蓄積された脂肪組織を精製したもので、ラード(豚脂)とヘット(牛脂)がこの範疇に入る。

両者の最大の違いは脂肪酸組成にある。乳脂肪は酪酸(C4:0)やカプロン酸(C6:0)といった炭素数の少ない短鎖脂肪酸を含む点が特徴で、これらは他の食用油脂にはほとんど見られない[3]。短鎖・中鎖脂肪酸は乳製品特有の芳香成分であり、バターを加熱した際の香ばしさの源となる。対して体脂肪由来の油脂は、パルミチン酸(16:0)・ステアリン酸(18:0)と18:1が大半を占め、短鎖脂肪酸をほとんど含まない[1]。なお、ラードのような天然の油脂は単一の融点をもたず、幅のある融解域を示す[3]

もう一つの相違点は水分と乳固形分の含有である。乳等省令はバターの成分規格を乳脂肪分80.0%以上・水分17.0%以下と定めており[2]、残りは水分と、乳タンパク質や乳糖などの乳固形分で構成される。ISEOも、バターの脂肪が水・カゼイン・ミネラル等の水相を包み込む構造をとり、これらの固形分が製品重量の約1%を占めると説明している[3]。この水分が加熱時の焦げ付きや保存中の酸敗を早める要因となる。一方、水分と無脂乳固形分をほぼ完全に除いた乳脂肪はバターオイルと呼ばれ、乳等省令は乳脂肪分99.3%以上・水分0.5%以下と規定する[2]。ギーも水分と無脂乳固形分をほぼ完全に除いた乳脂肪製品であり[4]、乳由来でありながら体脂肪由来の油脂に近い安定性を獲得している。

飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸の比率

動物性油脂は飽和脂肪酸の比率が高いが、その内訳は種類によって異なる。文部科学省「日本食品標準成分表(八訂)増補2023年 脂肪酸成分表編」第1表(可食部100g当たり)によれば、有塩バター(食品番号14017)は飽和脂肪酸50.45g・一価不飽和脂肪酸17.97g・多価不飽和脂肪酸2.14g、ラード(14016)は飽和脂肪酸39.29g・一価不飽和脂肪酸43.56g・多価不飽和脂肪酸9.81g、牛脂(14015、別名ヘット)は飽和脂肪酸41.05g・一価不飽和脂肪酸45.01g・多価不飽和脂肪酸3.61gである。各食品の脂肪酸総量(バター70.56g、ラード92.66g、牛脂89.67g)を100とした比率に直すと、バターは飽和約72%・一価不飽和約25%・多価不飽和約3%、ラードは飽和約42%・一価不飽和約47%・多価不飽和約11%、ヘットは飽和約46%・一価不飽和約50%・多価不飽和約4%となる[1]

この組成の違いが風味と用途を左右する。ラードは一価不飽和脂肪酸(18:1)が最も多い画分だが、飽和脂肪酸も4割近くを占めるため常温で固形を保つ[1]。ヘットは脂肪酸総量に占める飽和脂肪酸の比率がラードより高く、常温ではより硬い固形状を呈する。一方バターは脂肪酸の7割超を飽和脂肪酸が占めるが、酪酸(4:0)やヘキサン酸(6:0)といった短鎖脂肪酸を含む点でラード・ヘットと大きく異なり[1]、これが体温付近でとろける口溶けと乳製品らしい芳香につながっている。なお飽和脂肪酸は炭素鎖が長いほど融点が高く、これが体脂肪由来の油脂の硬さを説明する[3]

製法による風味の変化

乳脂肪を原料とする場合、クリームの発酵の有無が風味を大きく変える。非発酵クリームから作る無発酵バター(sweet cream butter)は乳本来の甘やかな香りを保つのに対し、乳酸菌でクリームを発酵させてから作る発酵バター(cultured butter)はジアセチルなどの香気成分が生成され、ヨーグルトに似た酸味と複雑な香りを帯びる。ブール・ディジニーAOPでは、この乳酸菌による発酵(maturation biologique=生物学的熟成)が仕様書で義務づけられている[6]

体脂肪由来の油脂は、脂肪組織を水や蒸気とともに加熱して脂を分離する「湿式レンダリング」と、水を加えずに加熱して溶かし出す「乾式レンダリング」に大別される。湿式は色や風味が穏やかに仕上がりやすく、乾式は加熱の過程で香ばしさが増す。市販のラードは用途に応じて精製度を調整している。

バターと発酵バター——無塩・有塩の使い分け

バターは乳等省令により「生乳、牛乳、特別牛乳又は生水牛乳から得られた脂肪粒を練圧したもの」と定義され、成分規格は乳脂肪分80.0%以上・水分17.0%以下と定められている[2]。乳等省令はこの成分規格に適合するものを乳製品の「バター」として扱う[2]。日本国内で流通するバターの大半は無発酵バターであり、食塩添加の有無によって有塩バターと無塩バター(食塩不使用)に分かれる。ISEOによれば、有塩バターの食塩添加量は製品重量の1.5〜3.0%程度が一般的である[3]

有塩バターは食塩が保存性を高めるため、常温に短時間置いても無塩バターより酸敗しにくい。トーストやジャガイモに塗る用途では塩味が料理を引き締めるが、製菓では塩分が生地の甘さや膨らみに影響するため、レシピで「無塩バター」と指定されることが多い。無塩バターは塩を含まない分、乳本来の甘みと香りを直接味わえる。ソース作りや菓子生地では、塩分量を別途コントロールできる利点がある。

発酵バターの製法と風味

発酵バターはクリームを乳酸菌で発酵させてから攪拌・練圧する製法を採る。ブール・ディジニーAOPの仕様書は、クリームへの乳酸菌の接種(ensemencement)と、9〜15°Cで12時間以上の生物学的熟成を義務づけ、そのうえでバラット(baratte)またはビュティラトゥールで攪拌すると定めている。仕上がったバターのpHは6未満でなければならず、乳酸菌以外の方法でpHを下げる処理は禁じられている[6]。乳酸菌が生成するジアセチル(2,3-ブタンジオン)は発酵バター特有の芳香成分であり、バターミルク様の酸味と香ばしさをもたらす。

フランスではAOP(原産地呼称保護)認証を受けたバターが複数存在し、代表的なものにノルマンディー地方のブール・ディジニー(Beurre d’Isigny)とシャラント=ポワトゥーのブール・シャラント=ポワトゥー(Beurre Charentes-Poitou)がある。両者はいずれもEUの登録簿にPDO(=AOP)として1996年に登録された「油脂」区分の名称である[5]。ブール・ディジニーの仕様書は、産地をコタンタンとベッサンの175コミューンに限定し、乳脂肪分を無塩バターで82%超・有塩バターで80%超と定めている[6]。なお「beurre de baratte」の baratte は攪拌器(チャーン)を指す製法上の語であってAOP名ではなく、地名でもない。日本国内でも北海道や岩手県の一部酪農家が発酵バターを製造しており、無発酵バターより高価な傾向がある。

無塩・有塩の使い分け早見表

用途推奨タイプ理由
製菓(クッキー・パイ生地)無塩バター塩分が生地の膨らみと甘さに影響するため、レシピで塩分量を別途調整する
ソース(ブール・ブラン、ベアルネーズ)無塩バター塩分を後から加減でき、乳の風味を前面に出せる
トースト・蒸しイモ有塩バター塩味が素材の甘みを引き立て、そのまま食べる用途に適する
炒め物(バターライス、ムニエル)有塩・無塩どちらも可調理中に塩で味を調えるため、どちらでも代用できる

製菓では無塩バターが標準だが、塩味を意図的に加えたい場合(塩キャラメル、塩クッキー)には有塩バターを使い、レシピの塩分量を減らす調整を行う。逆に有塩バターしか手元にない場合は、使う有塩バターの栄養成分表示にある食塩相当量を読み、その分をレシピの塩分量から差し引けば代用できる(有塩バターの食塩相当量は製品によって幅がある)。

ギー——澄ましバターとインドの製法

ギー(ghee)はバターを加熱して水分と乳固形分を除去した澄ました乳脂肪である。インド亜大陸では古くから作られ、ヒンドゥー教の儀式や伝統医学アーユルヴェーダで重視されてきた。インドのFSSAI規格は、ギーを含む乳脂肪製品を「乳またはその加工品のみを原料とし、水分と無脂乳固形分をほぼ完全に除去する処理によって得られる油脂製品」と定義し、ギーについては「その製造方法に由来する独特の風味と物理構造をもつ」と明記している[4]。製法は比較的単純で、無塩バターを弱火で加熱し続けると、水分が蒸発して乳タンパク質と乳糖が鍋底に沈殿する。この上澄みを濾過したものがギーである。

加熱の過程で乳固形分の一部がメイラード反応を起こし、ナッツのような香ばしさが生まれる。FSSAI規格はギーの乳脂肪分を99.5%以上、水分を0.5%以下と定めており[4]、水分をほぼ含まないため常温保存に耐える。冷蔵の必要がない点は、冷蔵設備が普及していなかった時代のインドで重宝された理由の一つである。

焦げにくさと調理への応用

ギーの最大の利点は、高温にしても焦げにくいことにある。バターを高温で加熱すると、水相に含まれる乳タンパク質が褐変・炭化して黒い粒子が生じ、苦味と焦げ臭が発生する。ギーは乳固形分をあらかじめ除去してあるため(FSSAI規格で乳脂肪分99.5%以上[4])、この焦げが起こらず、揚げ物や炒め物に向く。

なお、油脂が煙を出し始める温度は「発煙点」と呼ばれ、AOCS Cc 9a-48(クリーブランド開放式)などの試験法で測定される。ISEOはこの値について、油脂の不飽和度は発煙点にほとんど影響しない一方、遊離脂肪酸が増えると発煙点は下がると説明しており、同一の油種でも精製度・使用履歴・季節変動によって値が動くため、公表値は単一試験に基づく目安にすぎないと注意を促している[3]。ISEOの発煙点表にはバターとギーは収載されていないため、本記事では両者の具体的な温度値は挙げない。

インド料理では、スパイスを油で炒めて香りを引き出す「テンパリング」(タルカ)という技法が多用されるが、ギーはこの工程に向く。クミンシード、マスタードシード、カレーリーフなどを高温のギーで数秒炒めると、揮発性の香気成分が油に溶け出し、料理全体に広がる。バターでは乳固形分が先に焦げるため、この技法には使いにくい。

南アジアと中東での呼称

ギーはインド・パキスタン・バングラデシュで「ghee」または「ghi」と呼ばれるが、中東では「サムネ(samna)」または「サムン(samun)」と呼ばれる類似の製品がある。製法はほぼ同じだが、中東版は羊乳やヤギ乳から作られることもあり、風味がやや異なる。エジプトやレバノンでは米料理やクスクスにサムネを加える習慣があり、インドのビリヤニやプラオにギーを使う文化と共通する。

日本国内では輸入食材店やオンラインで瓶詰めのギーが購入でき、価格は無塩バターより高い。自家製も容易で、無塩バター500gから約400gのギーが得られる。製造時に出る乳固形分の沈殿物は捨てずに、トーストに塗ったりスープに加えたりすると、キャラメル様の風味が楽しめる。

ラード・ヘット——豚脂と牛脂の使いどころ

ラード(lard)は豚の脂肪組織を精製した油脂で、中華料理・メキシコ料理・東欧料理で広く用いられる。ヘット(beef tallow / dripping)は牛の脂肪組織を精製したもので、イギリス料理やアメリカ南部料理で伝統的に使われてきた。両者とも常温で固形を保つが、単一の融点をもつのではなく幅のある融解域を示す[3]。この性質が揚げ物の衣をサクサクに仕上げ、炒め物に独特のコクを与える。

ラードの脂肪酸組成は可食部100g当たり一価不飽和脂肪酸43.56gが最も多く、飽和脂肪酸は39.29g、多価不飽和脂肪酸は9.81gである(うち18:1が40,000mg/100g)[1]。この比率が揚げ油として優れた性能を生む。中華料理の炒飯や餃子の皮をラードで焼くと、植物油では得られない香ばしさとコクが加わる。メキシコのタマーレ(トウモロコシ粉の蒸し料理)やフリホーレス・レフリトス(豆のペースト)にもラードが欠かせない。

ヘットの特性とイギリス料理

ヘット(牛脂)は可食部100g当たり飽和脂肪酸41.05gで、脂肪酸総量に占める比率は約46%とラード(約42%)より高く[1]、常温ではラードよりも硬い固形状を保つ。イギリスでは伝統的にローストビーフやヨークシャー・プディングの調理にヘットが使われ、肉汁と混ぜた「ドリッピング」はパンに塗る習慣があった。揚げ物ではフィッシュ・アンド・チップスの調理にヘットを用いる店もあり、衣に独特のサクサク感と香ばしさをもたらす。

日本国内では精肉店やスーパーで牛脂が無料または低価格で配布されることがあり、これがヘットに相当する。ただし配布される牛脂は精製度が低く、肉の臭みが残る場合があるため、家庭で一度溶かして濾過し、再び固めると使いやすくなる。この工程で不純物が除去され、保存性も向上する。

ラードとヘットの使い分け

油脂主な用途風味の特徴常温での状態
ラード中華炒め物・揚げ物・製菓(パイ生地)豚肉由来の甘い香り、軽いコクやわらかい固形(幅のある融解域)
ヘットローストビーフ・フィッシュ・アンド・チップス・ヨークシャー・プディング牛肉由来の力強い香り、重厚なコクラードより硬い固形

製菓ではラードがパイ生地やビスケット生地に使われることがある。バターより高い温度域まで固形を保つため、生地を冷やしながら伸ばす作業がしやすく、焼き上がりの層が明瞭になる。ただし豚肉の香りが残るため、甘い菓子には向かず、ミートパイやキッシュなど塩味の料理に適する。

使い分けと保存——冷蔵・冷凍・常温の判断基準

動物性油脂の保存方法は水分含有量と酸化安定性によって異なる。バター(有塩・無塩・発酵)は成分規格上17.0%以下の水分を含み[2]、この水分が酸敗や微生物増殖の要因となるため、冷蔵保存が基本となる。開封後は空気に触れる面積を減らすため、元の包装紙またはバター専用容器に密閉し、冷蔵庫のチルド室(約0〜2°C)で保存すると、未開封で約3ヶ月、開封後で約1ヶ月が目安となる。冷凍すれば6ヶ月以上保存可能だが、解凍時に水分が分離しやすいため、小分けにして冷凍し、使う分だけ解凍する方が品質を保ちやすい。

ギーは規格上も水分0.5%以下とほぼ水を含まないため[4]、常温保存が可能である。直射日光を避け、密閉容器に入れれば室温で6ヶ月から1年以上品質を保つ。ただし日本の高温多湿な夏季には冷蔵保存が無難である。冷蔵すると固まるが、使用前に室温に戻せば柔らかくなる。酸化の兆候は色の濃化と酸っぱい臭いで、これが現れたら廃棄する。

ラードとヘットの保存

ラードとヘットも水分をほとんど含まないが、冷蔵または冷凍保存が推奨される。市販品は密閉容器に入っており、未開封なら冷蔵・冷凍で比較的長く保存できる(期間は容器の表示に従うこと)。開封後は空気に触れる面積を減らすため、使う分だけ小分けにして冷凍し、残りは密閉容器で冷蔵する。自家製ラードやヘット(肉の脂身を溶かして作ったもの)は、濾過時に肉片や水分が混入しやすく、市販品より酸化しやすい。製造後は速やかに冷蔵し、2週間以内に使い切るか、冷凍保存に切り替える。

酸化の判断基準は臭いと色である。新鮮なラードは白色で豚肉の甘い香りがするが、酸化が進むと黄ばみ、油臭さや酸味が強くなる。ヘットも同様に、白色から黄褐色に変わり、獣臭が増す。この段階では食用に適さないため、廃棄する。

使い分けのフローチャート

家庭で動物性油脂を使い分ける際の判断基準を以下に示す。

1. 風味を前面に出したい料理(トースト・ソース・菓子):バター(無塩または発酵)を選ぶ。塩味が欲しければ有塩バター。

2. 高温調理(揚げ物・炒め物・スパイスのテンパリング):ギー、ラード、ヘットのいずれかを選ぶ。インド・中東料理ならギー、中華料理ならラード、イギリス・アメリカ料理ならヘット。

3. 常温保存が必要(キャンプ・災害備蓄):ギーを選ぶ。バター・ラード・ヘットは冷蔵・冷凍が必要。

4. コストを抑えたい:ラードまたはヘット(特に精肉店で入手できる牛脂)を選ぶ。バターとギーは高価。

この判断基準に沿えば、複数の油脂を常備する必要性が明確になる。例えば、製菓用に無塩バター、インドカレー用にギー、中華炒め物用にラードを揃えると、レシピ通りの風味を再現しやすい。

結論

バター・ギー・ラード・ヘットは、いずれも動物由来の油脂でありながら、原料組織・製法・脂肪酸組成の違いによって風味・硬さ・加熱時の挙動・保存性が大きく異なる。バターは水分17.0%以下・乳脂肪分80.0%以上という成分規格が示すとおり水分と乳固形分を含むため冷蔵保存が必須で、加熱すると乳固形分が焦げやすい一方、乳脂肪特有の芳香と短鎖脂肪酸がもたらす風味の豊かさが製菓やソース作りに不可欠である[2][3]。ギーはバターから水分と乳固形分を除去して乳脂肪分99.5%以上・水分0.5%以下とすることで、常温保存を可能にし、乳固形分の焦げを避けた高温調理に適した安定性を獲得する[4]

ラードとヘットは体脂肪由来の油脂として、常温で固形を保ち揚げ物や炒め物での扱いに優れる。ラードは多価不飽和脂肪酸を比較的多く含み、ヘットは脂肪酸総量に占める飽和脂肪酸の比率がラードより高い[1]。この差が、ラードの軽やかなコクとヘットの重厚な風味につながる。使い分けの鍵は、料理の温度帯・求める風味・保存環境にある。

家庭のキッチンでこれらを使いこなすには、まず手持ちのレシピが指定する油脂の役割を理解することから始めるとよい。製菓レシピで「無塩バター」と書かれていれば、それは塩分量の調整と乳の風味が目的である。インドカレーのレシピで「ギー」とあれば、高温でのスパイス炒めと常温保存が前提となっている。中華炒め物で「ラード」が指定されるのは、豚脂特有の香りと、常温で固形を保つ性質が炒飯の仕上がりを左右するからである。この理解があれば、代用や応用の幅が広がり、輸入食材店で見かけた未知の油脂も、成分表示と製法を確認するだけで使いこなせるようになる。

参考文献

  1. 文部科学省「日本食品標準成分表(八訂)増補2023年 脂肪酸成分表編」第1表 可食部100g当たりの脂肪酸成分表(有塩バター 14017/ラード 14016/牛脂〈別名ヘット〉 14015)
    https://www.mext.go.jp/content/20260327-mxt_kagsei-mext-000029402_09.xlsx
  2. 乳及び乳製品の成分規格等に関する命令(乳等省令)第二条・別表二/e-Gov法令検索
    https://laws.e-gov.go.jp/law/326M50000100052/
  3. Institute of Shortening and Edible Oils, Food Fats and Oils (10th ed., 2016)
    https://edibleoilproducers.org/wp-content/uploads/2025/03/foodfatsoils2016.pdf
  4. FSSAI, Food Safety and Standards (Food Products Standards and Food Additives) Regulations, Chapter 2.1 Dairy products and analogues(Milk fat, ghee, butter oil の成分規格)
    https://www.fssai.gov.in/upload/uploadfiles/files/Chapter 2_1 (Dairy products and analogues).pdf
  5. Commission Regulation (EC) No 1107/96 附属書(Beurre d’Isigny・Beurre Charentes-Poitou のPDO登録)
    https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/HTML/?uri=CELEX:31996R1107
  6. INAO, Cahier des charges de l’appellation d’origine « Beurre d’Isigny »
    https://extranet.inao.gouv.fr/fichier/PNOCDCBeurredIsigny.pdf

この記事を書いた人

世界の調味料を、現地の一次資料から読み解く編集部です。数字と固有名詞は本国の公的機関や規格で裏を取り、家庭で「あの国の味」を再現したい人に役立つ形にまとめます。

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